bowie note

David Bowieをキーワードにあれこれたどってみるノート。

IT'S NO GAME(NO.3)

シルエットや、

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影が…

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正直、ここ1年くらい、BOWIEはほとんど聞けなくなってた。

とくに自室では。

去年のBOX(77-82)も、ちょうどCDプレイヤーが壊れてた時期に出たこともあって、ほとんど聞かぬまま、もう次の83-88が出ようとしていた。

 

7月くらいに岡村ちゃんと小出くんのラジオで「Ricochet」がかかり、歌詞を精読して、謎〜〜!だけどほんと面白い曲だな、と認識新たにしたり、シリアスムーンライトツアーのポップなヴィジュアルイメージも今、良いよな〜、BOXに向けて気分高めたいな〜と、そんな風に思っていた9月11日の朝、なんとなく朝起きてネット見てると『Scary Monsters』の文字が目に映る。

あ、これだ、とピンときて、2017リマスターCDをプレイヤーで再生すると、めちゃくちゃしっくり来た。

レッツ盆ダンスに明け暮れた夏が終わり、さみしさにまみれていたけれど、

秋の始まりが急にワクワク楽しいものに思えてきた。

 

それからちょっとスケモンのことググると、発売日が1980年9月12日だったことを知る。

明日じゃん。

 

久々にシンプルにBOWIEの音楽にときめきだしてて、本当に嬉しい。

やっとDAVID BOWIEと再会できた。

 

 


David Bowie - Ashes To Ashes

 

 

 

ROCK'N' ROLL 80S

ギラギラ日差しを浴びながらバイクで走っていると、ついプリンセスプリンセスの「世界で一番暑い夏」を口ずさみ、おいおい、世界一とか言ってたけど、あの頃(87 年?89年?)こんなに暑くなかったはず!!苦笑

って、しょうもないことで自嘲する夏。それが2018HOT SUMMER。

 

最近は暫く離れ気味?だった日本の音楽を掘ったりしてて、というか、ついにカーネーションの素晴らしさに目覚めたり、ですが、半年前に開催されて行きたくて行けなかった細馬さんのボウイレクチャーが文字になってて、まだ前半だけだけど、面白くてわくわく。

 

modernfart.jp

 

ボウイの詩を「書かれたテキスト」としてのみ読むだけでは完全な片手落ちだと思っているけれど、歌詞であること、あの声で発音され、身体の動きも伴っていて、それを目と耳で我々は受容していること、というのをちゃんと踏まえて論じてるのって細馬さんくらいしか見あたらない。後半も楽しみ。

 

とはいえ、やはり細馬さんも我々も、分析できる対象は「映像」のみ、今となっては。

もちろん当時の映像以外の記録や証言もあるけれど、やはり片手落ちだな、と思ってしまうのは、私が6月に岡村ちゃんのライブを最前列ど真ん中で体験してしまったから。あれは聴覚・視覚って区分すら超えたものだったので、どうやっていま自分の記憶に残ってるのか、本当に謎。はっきりと覚えている「絵」が全然ない…「時間」がない。

視覚障害の人の記憶ってどうなってるんだろう?って思ったこともあったけど、今ならけっこう想像がつく。アレなんだ。混沌としたあの感じだ。

しかし他人とも共有不可能なので、アレを論じることはきっと無理なんだろうな。

 

 

ところでMOJO(右下)を買って、

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この特集ってことは…って思っていたら、ちゃんと今年も箱が出るようで!

詳細はちゃんと見てないけど80sが無視されなくて良かった!!!!!!

 

 

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Ballet Mecanique

しらっと再開。

 

先月、初めて北野武ソナチネ』を見た後、紆余曲折して、坂本龍一プチブーム。
(沖縄つながりってのが最大の理由)
坂本さん、これまでけっこう距離を保って聞いてた。
けっこう音源も持ってるし、ソロライブとYMOのライブを1回づつ見たことはあるけど。
ただ先日、映画館で見たドキュメンタリー映画CODAでは、すごく無邪気に「いい音」を探して喜ぶ姿に少し印象が変わった。
北極の氷やNYの庭の雨の音、そして津波の被害を受けたピアノ。

それからyoutubeで漁ると、CDで聞いてるだけじゃ知り得なかった(いや、あのソロアルバムでの顔ジャケ連発は普通じゃないと思ってたけど)、ミーハーさというかスノッブさが滲み出てて、けっこう衝撃。


RYUICHI SAKAMOTO OKINAWA SONG in Pari


たぶん、リアルタイムだと「うーん」ってなってそうだったけど、いま、一周して?面白い。


高校生の頃に毎週見ていた「土曜ソリトンSIDE B」のYMO特集も今見ると新鮮。
YMOデビューから18年たった1997年の放送は、今から21年前。


YMO 特集ソリトン

 

高野寛やテイトウワ、スカパラ青木さんら、モロYMOチルドレンたちが出てくるけれど、
彼らの世代にとっての「イケてる」「イケてない」の判断基準を作ったのがYMOって話が納得。
私にとってその役割はFlipper's Guitarだったのだけど。


掘っててもう一つ驚いたのは、アルバム『未来派野郎』収録の「Ballet Mecanique」のボーカルがバーナード・ファウラーだったこと。


坂本龍一NEOGEOツアー Ballet Mecanique

 


坂本龍一 MEDIA BAHN LIVE 「Ballet Mecanique」

 

「Ballet Mecanique」は岡田有希子への提供曲「Wonder Trip Lover」のセルフカバーで、後に中谷美紀が「クロニック・ラブ」として歌った曲。


バーナード・ファウラーと言えば、アール・スリックがDavid Bowieの『Station Station』再現ライブをやったときのボーカルで、その後のマイク・ガーソン率いるBowieトリビュートライブでも何曲もボーカルとってた人。
こんなつながりがあったのか〜〜


Celebrating David Bowie - Diamond Dogs

ECD

あんなに夫婦の本を発売日すぐ読んだりSNSをフォローしていたから状況はわかっていたつもりだったのに、なぜか近くない未来の話だと思っていたようで、雪の朝の不意打ちだった。

これから世界で起こることに対するECDの反応を、もう参照できなくなってしまった。

新刊はもう出ない。

だけど、実感がわかないし、まだTweetが流れてきそうな気がしている。

 

私がBowieにハマったのは、信頼するECDのこのTweetがきっかけだったことは、彼に感謝していることのほんの一部です。

ありがとう。

 

 

ainocorrida.hatenablog.com

Come on Let's Dance

私は間違いなく小室チルドレンだけど、TKではなく、City Hunter世代。

小学校高学年から中学の間は、何よりもまずTM、なかでも小室哲哉のファンだったので、TMNが「終了」するあたりまでは、子供ができる範囲で細かく細かく追いかけてた。

そして世に訪れるTKブーム。

こう言って良ければ、『Let's Dance』の大ブレイクでBowieから離れたBowieファンのごとく、私も小室離れをしたのでした。

もちろん自分から聞こうとしなくても耳には入ってくるし、その後もわりと好きな曲もあるんだけど、でも80s小室サウンドに対して持っていた夢のようなときめきは、もうなかった。

 

このブログはBowieブログなので、Bowieと小室、なんか接点あるかな〜〜と思ってちょっと検索してみたりしたけど、あんまりないんですね。

強いてあげると、私の知らなかったこの曲のジャケットで、アラジンセインのTシャツを着ているとか、

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ミックスアルバムの『DRESS』で、ナイル・ロジャースが1曲やってるとか、

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もうないかも…。

むしろPrinceのほうが、影響力あったのが今ならわかる。

強いて言うと、TMはアルバムごと、ツアーごとにコンセプトがしっかりあって、音もガラッと変わるので、BowieのChangesに私は違和感がなかったのは、TMのそれに慣れていたからかも。

 

そもそも小室の「初めて買ったレコード」がT.REXの『Slider』だってあたりから、ちょっとずつBowieとはズレてて。

(彼の仲良い従姉妹がBowieファンだったみたい)

 

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親から「クラシック」しか聞かせてもらえなかった子供にとって、唯一聞けるクラシック以外の音楽はアニソン。

おかげで出会えた「Get Wild」は、それまで聞いたことのない音楽でびっくりした。

クラシックのような流麗、豊かなメロではなく、同じ音が同じ長さと強さで連打されるだけなのに、あのキラキラした音で奏でられると、子供ながら初めて「せつない、やるせない」という言葉で表すものがあることを知ったような。

どこかいびつで、ギリギリで、今から見れば永遠のB級ぽさがあるというか、けっしてメインロードにいない感じが好きなんだけど、そういう嗜好がけっきょくその後の私の裏道人生の基礎だったのかも。

90年代になって小室を卒業して、渋谷系に入学し、また耳が広がっていくのだけど、私の根幹に小室さんがいたから、Bowieに出会うのが遅れたのかもなあ〜と思ったり。

 

思いを巡らすほどにTKとDBは遠いけど、Let's Danceな「大ブレイク」を重ねあわさせてもらうなら、その後ぽしゃって(?)復活し、だけどまた沈黙し復活(TND)というあたりのところを小室にも期待できる気がしてくるので、そうします。

 


Come on Let's Dance

 

YEARNING

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これは1/8に『Blackstar』発売記念日、と思って飾ったものなのに、祭壇みたいになってしまった…

 

2016年は初めてリアルタイムで聞いたニューアルバムもあったし、濃い〜Bowieライフを過ごしてた気がします。

しかし2017年となると、新年早々のBOWIE IS展に始まり、ボウイよりむしろ可視化されたボウイファンたちに揉まれた感じがあって、どんどんBowieとの距離は開いていっており、この2年目の日にも、実は何の感情も持てなくなってました…。

CDプレイヤーが壊れてて(一度修理から戻ってきたけどまた壊れ、再修理中)、『A NEW CARREER IN A NEW TOWN』がほとんど聞けてないこともあるけれど(もちろん聞いた範囲ではめっっっちゃかっこよかった。ファンチャット大会しながら聞いて超楽しかった)。

そもそもずっと私の人生にいなかった(いや、いなかったと思ってたらずっとそっといたってことが重要なんだけど)人なので、いないことのほうが自然にも思えたり。

(いや、本当はBowieに限らず、ちょっといま何事においても私が熱を失ってるのが問題。ときめきよ、カムバック…)

 

などなどつぶやいている1月ですが、やっと話題のサイモン・クリッチリー『ボウイ』を読みました。

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文章自体は読みやすいんですが、いやあ、ひっかっかるひっかかる…

んで、原書や『ダントンの死』とか買っちゃう。

でもだんだん、ひっかかってもいいし、ひっかかからなくてもいい、そういう本なんだ、ってことがわかってきました。

どっちかというと引き算でできた本。

ベンヤミン的な意味でのエッセイ的な。

最近他のファンの方々とBowieの「Nothing」と「Everything」について話していたので、ちょうどそれが最たるテーマとなっていたり、共感するところも多々。

また、「あこがれ」というテーマで1章書かれた後、次の章は「リアリティ」が出てきて、そこはもっとつなげても語れるだろうトピックだろうに、あえて分けたままにしていることとか、たくさん読者に話題を投げかけながら進んでいく。

 

その「あこがれ」だけど、原語では「yearn」が使われていた。

英語の「yearn」のニュアンスが私はよくわからなくて、ドイツ語だと「Sehnsucht」という「見る・会う」+「欲求」という複合語なので、逆に今は「見る・会う」ことが叶っていない状態なのかな、と想像できるのだけど、英語のyearnは私の思っている日本語の「あこがれ」という語とどこまでリンクしているだろう。

訳者の田中氏はあとがきで「愛(あこがれ)」とルビをふっていて、それもナルホドとは思う「yearn」の解釈で。

 

ともかく、私のあこがれはBowie本人には実はあまり向かってない。

クリッチリー氏のように、Bowieに「手を差し伸べられた」と感じられているのか、我ながら疑問だし、そのように差し伸べられたと思えるファンとBowieの関係にこそ「あこがれ」ている気がする。

ということは私はその状態ではないのか。

でもBowieがあこがれていたもの(それって世界そのもの?)には私も彼と同じ方向を向きながら、「ほんとだ、おもしろいね!!」とは確実に思えている気がする。


David Bowie • My Death