bowie note

David Bowieをキーワードにあれこれたどってみるノート。

You're the starring role

先日、新作『アネット』に併せて、レオス・カラックスが来日して東京で舞台挨拶もしてくれる、というニュースを聞き、勢いでチケットをとり(争奪戦に勝利)、弾丸で池袋へ行って帰ってきました。

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私はここのところフランス語をがんばっているので、聞き取れる語もたくさんある中、目の前のカラックスがDavid Bowieという単語を発したのを聞き逃し、通訳時に気づくという大失態を犯し、反省しきりでしたが、その時はスパークスの説明として、ボウイと同じ頃、70年代に出会って聞いていた、という文脈で名前があがったのでした。つまりはカラックス本人は、自分とボウイの繋がりを皆が知っていると前提にしていて、それを説明に使っている、ということに改めて感慨深いものを感じたり。

私にとってカラックスといえば、『ホーリー・モーターズ』なのですが、その後、初期3部作も見て、ボウイとの関連に興奮していた記事がこちら→

 

 

今回、関連書籍も色々出て、いろいろアップデートされたので、少し書いておきます。

 

filmart.co.jp

 

apeople.world

 

 

フィルムアート社の方をいま読んでいるけれど、監督へのインタビューがものすごく面白い。今回の新作『アネット』で言うと、3人の登場人物が重要で、ヘンリーとアン、そしてもう一人、「指揮者」。この指揮者をカラックスはボウイに演じて欲しいとオファーしたけれど、ただもう当時、ボウイは演技をできるような状態じゃなかったようで、断られた、などのエピソードも語られています。

 

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指揮者を演じたのはサイモン・ヘルバーク。

 

いまではボウイのことを好きだった、と語ってくれているカラックスも、1992年、『ポンヌフの恋人』の後に出た頃のインタビューでは「現在のボウイに興味はない」と語っておりました。

というわけで、もう一度カラックスが使用したボウイと、その時のボウイ本人をおさらいしておこうかと。

 

 

『ボーイ・ミーツ・ガール(Boy Meets Girl)』(1983年) *日本公開は1988年

使用曲:When I Live My Dream (アルバム『David Bowie』1967年、収録)

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この曲が欲しくてボウイにハマる前に『David Bowie』を買ったのが私の最初に買ったBowieのアルバム。私はおそらくは希有な、最初にボウイの1st アルバムを買ったボウイファン。
カラックス本人は編集盤『Images』でこの曲を知ったようだけれど。

 

現実の女性への愛と映画を作ることが直結していた(つまりいつも主演女優が当時の自分の彼女)カラックス。この曲には、

 

Tell them that I've got a dream

And tell them you're the starring role

Tell them I'm a dreaming kind of guy 

And I'm going to make my dream

Tell them I will live my dream

 

という一節も。

古川貴之さんの訳では、

 

思い知らせてやろう 僕には夢があるということを

君が僕の主演女優なんだということを

僕が夢見る男だということを

奴らに教えてやるがいい

僕はこの夢を実現するんだ

僕がこの夢をきっと叶えると

奴らに言うがいい

 

となっている。
make one's dreamの後に「come true」や「reality」がなくとも、ニュアンスとしては夢を叶える=現実化するととるのが素直なのは分かったうえで、字義通りに、夢そのものを作る、生きる、と取るのも面白い。

 

フランス語では「映画を撮る」という動詞が「réaliser」で、「現実化する」という意味でもあり、映画監督のことは「réalisateur」。
 
映画の後半、主人公Alexが語るセリフに、
 
 Les rêves formidables la nuit, je n'ai jamais cherché à les réaliser, juste à les refaire la nuit d'après.
 
というものがあり、「夜に見た途方もない夢を、ぼくは現実化しようとはしたことはない。ただ、次の夜にもう一度見るだけ。」というような意味だけれど、「夢を映画化はしない」という意味にもとれるので、「When I live my dream」からの流れで考えるとさらに面白い。
 
ミレーユがこの曲のメロディーを鼻歌で歌うシーンもあったことを、今回見直すまで忘れてた…。
 
この映画が公開された1983年のボウイ本人はというと、『レッツ・ダンス』の大ヒットからシリアス・ムーンライトツアーをしていた頃なので、知名度のホットさが最高頂の頃。
1988年の日本公開時のパンフレットでは林海象監督と詩人の八坂裕子氏の対談が載っており、八坂氏の「音楽のような映画」というより「かなり完全に音楽」という言葉を受け、林監督が、
 
「音が要らない映画なんですね。ただ音楽のセンスは悪い。『汚れた血』のときも思ったけど、ちょっとひどいな。これは中国人のロックのセンスですね。(笑)と思いますよ。『汚れた血』でもデヴィッド・ボウイを使ってたでしょう。」
 
と発言。
まあ1988年のボウイのパブリックイメージが悪かったとしても、林監督、許すまじ。
軽く中国を卑下してるのもヤな感じだな。今度、京都でお会いしたら問い詰めよう。笑
 
 
 

汚れた血(Mauvais Sang)』(1986年) *日本公開は1988年

使用曲:Modern Love(アルバム『Let's Dance』1983年、収録)

 
 
みんな大好き、ドニ・ラヴァンの疾走シーン。私も町中で走る必要があるときはこの曲を脳内再生しているけれど、映画でもフォロワーたくさん。
 
 

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いまでは古典化したようなシーンだけれど、当時はBowie??と違和感表明している人も少なくはなかったのかも。当時の人が聞き慣れている(聞き飽きた)音楽だったとすると。私もたしかにそんな感じで『ボーイ・ミーツ・ガール』の冒頭のゲンズブールのカバーに、敢えてこれかい!という驚きがあったけれど、『ポンヌフの恋人』のパンフレットに掲載されている大沢誉志幸とライター佐藤友紀氏の対談でも佐藤氏が、「私はレオスはほんとうに好きなんですけれども、『汚れた血』の「モダン・ラブ」だけはちょっと、ズリッだったんですね(椅子から落ちそうな身振りで)」と発言。しかし大沢さんは「あれはミュージシャン界隈では結構受けていたんですよ。(…)あのミスマッチング具合が受けてたんです。(…)本当の映画的なセンスで音楽を選曲しているなって感じましたね」と反論。
さすがです、我らが大沢誉志幸!!

1986年のボウイといえば『Tonight』の後、映画『ビギナーズ』や『ラビリンス』の頃だったので、「イメージ」に惑わされた人は多かったんでしょうね…人間弱いもんだ。

 

 

ポンヌフの恋人(Les  Amants du Pont-Neuf)』(1991年) *日本公開は1992年

使用曲:Time Will Crawl(アルバム『Never Let Me Down』1987年、収録)

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 前回見た時、このボウイの音楽は登場人物たちに優しいものではなく、厳しく突き刺さるような光と音のイメージだったけれど、チェルノブイリの事故を受けて書かれた曲らしく、そもそも警告のようなものだったのか…と。

ポンヌフの恋人』のパンフレットには佐々木敦氏による「カラックスを聴く」というテキストがあり、カラックスの音楽の3つのベクトルの1つとして「カラックスの“終生のアイドル”としてのD・ボウイ」が挙げられている。ただし「たぶんカラックスはティン・マシーンをきいたことがないか、聴いたとしても大嫌いに違いない」と断言。笑

 

この難産だった『ポンヌフの恋人』の長い撮影期間〜公開時、ボウイもティン・マシーンへ迷走中。

今ではDavid Bowieはおそらく映画で最も「特等席」を与えられて使用されているアーティストだと思われるけれど、こうなったきかっけを作ったのは、間違いなくレオス・カラックスだ。

 

 

そんなこんな、もう少し復習をしてから、再度『アネット』を見に行こうと思います。

 

 

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The Legend of ZIGGY STARDUST

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今のところアレックスシネマ大津、アップリンク京都で1回ずつ、京都みなみ会館で2回鑑賞した今回の『ジギースターダスト』上映。
まだ行く予定ですが、先日出版されたこちらのジギー本を一気に読みました!

 

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ちょうど『The Man Who Sold The World』(1970)、『Hunky Dorry』(1971)、『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』(1972)、『Aladdine Sane』(1973)、『Pin-ups』(1973)の5つのアルバムを聞いてる間に読み終わるボリュームの、まさにその期間のDAVID BOWIEについての本。
大変面白かった!!!

売れないロッカーだったBOWIEはこの時期、一気にスターに。
Ziggyは決して彼一人が作り上げたものではなく、Mick Ronsonらバンドメンバーによって半ば偶然生み出された音楽が導いたものであって、最初から確固としたコンセプトやストーリーがあるわけではなかったというところが強調されていて、タイトルに反して神話解体が試みられていた。

 

ジギーとしての最後のライブとなった1973年7月3日のライブのセットリストは以下の通り。ただしジェフ・ベック参加パートは映像・録音ともに未公開。

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"Beethoven's Ninth Symphony" arranged and perfomed by Wendy Carlos

第一部
1. Hang on to Yourself
2. Ziggy Stardust
3. Watch That Man
4. Wild Eyed Boy From Freecloud
5. All the Young Dudes 
6. Oh! You Pretty Things
7.
Moonage Daydream
8. Changes
9. Space Oddity
10.
My Death (Jacques Brel cover) 

"William Tell Overture(Abridged)"arranged and perfomed by Wendy Carlos

第二部
1. Cracked Actor
2. Time
3.
The Width of a Circle
4. Let's Spend the Night Together (The Rolling Stones cover)
5. Suffragette City
6. White Light/White Heat (The Velvet Underground cover)
7. 
The Jean Genie (with Jeff Beck)
8.
Love Me Do (The Beatles cover) (with Jeff Beck)
9.
Around and Around (Chuck Berry cover) (with Jeff Beck)
10. Rock 'n' Roll Suicide

"Pomp and Circumstance" by Edward Elgar

映画劇場公開)『Ziggy Stardust: The Motion Picture』(1983)
サントラ)『Ziggy Stardust: The Motion Picture』(1983)

 

 

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というわけで、Mick Ronsonと出会った1970年2月3日から「1980 Floor Show」が撮影された1973年10月20日までの3年半を、このジギーのツアーで演奏された曲目を赤字にしながら年表にしてみました。
ほぼ自分のために…

 

 

1970年
2月3日 Marquee ClubでMick Ronsonと初対面。
2月5日 BBC John Peel's "The Sunday Show"に出演。Mick Ronsonも参加。
            → 【The Hype】 Bowie(V) Ronson(G), Tony Viscount (B), John Cambridge(D)
2月22日 The Round House Spring FestivalにThe Hypeで出演し、初ライブ。
3月25日 BBC Andy Ferris "Sound of the Seventies"に出演し、The HypeWaiting For The Man」「The Width Of A Circle」「The Wild Eyed Boy From Freecloud」「The Supermenを披露。→『THE WIDTH OF A CIRCLE』(2021) 
John Cambridge(D)解雇
4月 代わりに "Woody" Woodmansey(D)が起用され、レコーディング。

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 3rd Album『The Man Who Sold The World』
発売日:1970年11月4日(US盤・左)、1971年4月10日(UK盤・右)
1. The Man Who Sold The World
2. All The Madmen
3. Black Country Rock
4. After All
1. Running Gun Blues
2. Saviour Machine
3. She Shook Me Cold
4. The Man Who Sold The World
5. The Supermen

8月 【The Hype解散。

 

1971年
1月、 Ronson(G), Visconti (B), Woodmansey(D) +Benny Marshall (V)でバンド【Ronno】を結成。シングル「4th Hour Of My Sleep」を発売するも売れず、ロンソンとウッディーは地元Hullに帰る。
1月23日〜2月18日 Bowie、プロモーションのため、初めてアメリカへ。
2月13-14日   ハリウッドのスタジオでBowie一人で10曲ほどデモを録音。
2月14日  個人パーティーに参加、弾き語りにて「All The Madmen」「Space Oddity」「Amsterdam」「Hang On To Yourself」を披露。
2月25日 Trident Studios(Luxembourg Studios?)でMoonage Daydream」「Hang On To Yourselfを録音。→Freddie Burrettiとのユニット【The Arnold Corns】の名義で5月にシングルリリース。
4月23日   Trident Studiosで「Rupert The Riley」「The Man(→Lightning Frightening)」「How Lucky You Are」を録音。Ken Scottと出会う。

5月〜 Viscontiが抜け、Trevor Bolder(B)が加入した【Ronno】とデモ音源を録音。
5月 ロンドンで山本寛斎のファッション・ショーを見て、「因幡の白兎」を購入。
6月3日 BBC John Peel's "In Concert"に出演し、【Ronno】+Marc Carr Pritchard(G), Geoff Alexander(B, V)、Geroge Underwood(V)、Dana Gillespie(V)、Queen BitchBombersSupermenLooking For A Friend」「Almost Grown」(Chuck Berry)、「KooksSong For Bob Dylan」「Andy Warhol」「It Ain't Easy」(Ron Davis)を演奏。この後、バンドメンバーはBowieの住むHadden Hallに引っ越す。

6月23日 Grastonbury Festivalに弾き語りで出演し、「Oh You Pretty Things」「Kooks」Changes」「Amsterdam」「The Supermen」「Memory of A Free Festival」「Sonf For Bob Dylanを演奏。
7月 レコーディング
9月8日 RCAとの契約のため、NYへ。パーティーLou ReedIggy Popに出会う。 
9月14日 Andy WarholのFactory訪問。
9月〜 レコーディング
11月 Trevor BolderがBowieのヘアカット。
12月 Suzy Fussey(→Ronson) がBowieのヘアカット。

 

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 4th Album『Hunky Dory

発売日:1971年12月17日
1.  Changes
2.  Oh! You Pretty Things
3.  Eight Line Poem
4.  Life on Mars?
5.  Kooks
6.  Quicksand
1.  Fill Your Heart (Biff Rose cover)
2.  Andy Warhol
3. Song for Bob Dylan
4. Queen Bitch
5. The Bewlay Brothers

 

1972年
1月〜 レコーディング続く。
1月18日 『時計仕掛けのオレンジ』を鑑賞し、夜、ジギーのジャケ写真撮影。
1月22日 「ゲイ」発言のあるインタビューの掲載されたメロディーメーカー発売。
1月29日〜 UK Tour のウォーミングアップとしてAylesburyにてアコースティックライブ。その後8ヶ月で64公演。(2/10,11,12,14,18,23,24,25,26,28, 3/1,4,7,14,17,21,24, 4/9,20,21,29,30, 5/3,6,7,11,12,13,14,19,23,25,27, 6/2,3,4,6,7,8,16,17,19,21,24,25, 7/1,2,8,15, 8/19,20,27,30,31, 9/1,2,3,4,5,6,7)と、イギリス各地でライブ。

2月7日 BBC TV "The Old Grey With Whistle Test"にてOh, You Pretty Things」「Queen Bitch」「Five Yearsを演奏。
3月 Bowie、髪をオレンジに染める。
3月17日 写真家Mick Rockと出会う。4月に自宅でフォトセッション。
4月9日 Mott The Hoopleのライブを初めて見る。バンドへ「All The Young Dodes」を提供し、5月14日、Olympic Studioで録音。→

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5th Album『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars

発売日:1972年6月6日
1. Five Years (1971年11月15日録音)
2. Soul Love (1971年11月12日録音)
3. Moonage Daydream (1971年11月12日録音)
4. Starman (1972年2月4日録音→72年4月28日シングルリリース)
5. It Ain't Easy
1. Lady Stardust (1971年11月12日録音、デモの録音は71年1月)
2. Star
3. Hang On to Yourself
4. Ziggy Stardust (1971年11月11日録音)
5. Suffragette City
6. Rock 'n' Roll Suicide (1972年2月録音)

 

6月26日John, I'm Only Dancing録音。
6月30日 マネージャーのTony Defriesが「メインマン」を設立。
7月5日 BBC TV "Top of the Pops"に出演、「Starman」を演奏。翌日放映され、話題に。
7月8日 Royal Festical Hallでのチャリティーイベントに出演。ゲストのLou Reedと「White Light/White Heat」「Waiting For The Man」「Sweet Jean」を共演。高橋靖子、鋤田正義と出会う。
8月11日〜 Lou ReedTransformer』レコーディング。ボウイとロンソンがプロデュース。
8月19日、20日 大規模なRainbow Theater公演。Lindsay Kempらがゲスト出演。
9月10日 クイーンエリザベス号で渡米。
9月17日 NY着
9月18日   ツアー用ピアニストのオーディションでMike Garsonを採用。
9月22日〜12月2日 US Tour(9/22,24,28, 10/1,7,8,11,13,15,20,21,27,28, 11/1,4, 14, 17,20,22,25,26,28,29,30, 12/1,2)
10月6日 RCA Studio, NYCにて「The Jean Genie」を録音。
10月20日 Santa MonicaのライブをRCAが録音、FMで放送。→2008年公式リリース
10月24-25日 Iggy Pop & The Stoogees『Raw Power』をミックスダウン。
12月4-5日 RCA Studio, NYCにて「Drive-in Saturday」「The Prettiest Star」「All The Young Duudes」「Zion(A Lad in Vain)」録音。
12月21日 クイーンエリザベスⅡ世号で帰国。
12月24日〜 UK Tour 2 (12/24, 1/5,6,7,9)

1973年
1月3日 BBC TV "Top of the Pops"に出演しThe Jean Genieを演奏、翌日放映。
1月17日 LWT South Bank Studios "Russell Harry Plus"に出演し、Drive-in Saturday」「My Deathを演奏、1/20に放映。

レコーディング。
1月25日 クイーンエリザベスⅡ世号で渡米。
1月30日 NY着。 
1月14日〜 US Tour 2、1ヶ月で12公演(1/14,15,16,17,18,19,23,25, 3/1,2,10,12)
鋤田正義、山本寛斎、高橋靖子も参加。
2月7日 Stevie Wonderに出会う。
3月19日 オロンセイ号に乗船。
4月5日 横浜港着。
4月6日 帝国ホテルで記者会見。
4月7日 歌舞伎「鰯売恋曳網』(三島由紀夫)を鑑賞。中村勘三郎の楽屋訪問。
4月8日〜 JAPAN Tour(4/8,10,11 新宿厚生年金会館、12 名古屋市公会堂、14 広島郵便貯金会館、16 神戸国際会館、17 大阪厚生年金会館、18,20 渋谷公会堂

 

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6th Album『Alladin Sane

発売日:1973年4月13日
1.  Watch That Man
2.  Aladdin Sane (1913–1938–197?)
3.  Drive-In Saturday
4.  Panic in Detroit
5.  Cracked Actor
1.  Time
2.  The Prettiest Star
3.  Let's Spend the Night Together
4.  The Jean Genie
5.  Lady Grinning Soul

 

4月21日 横浜港よりジェルジンスキ号でウラジオストクへ。
4月24〜30日 シベリア鉄度でモスクワへ。2日間滞在。
5月2-3日 オリエント急行でパリへ。Jacque Brelに出会う。
5月4日 ホバークラフトで帰国。
5月5日 お帰りパーティーCoco Schwabと出会う。
5月12日〜 UK Tour 3、1ヶ月半で42公演(5/12,16,17,18,19,21,22,23,24,25,27,28,29,30,31, 6/1,3,4,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,18,19,21,22,23,24,25,26,27,28,29,30, 7/2,3)

5月23日 Brigton公演をBBCが取材。6/5に「Nationwide」という番組で放映。
6月14日 ステージで脚を骨折。
7月3日 Hammersmith Odeonでのジギー最後のコンサート。この日の映像はまず74年10月25日、米ABC系列で60分短縮版が放映。79年8月英エディンバラ国際映画祭にて上映。83年劇場公開、サントラ発売。84年ビデオ発売…)
8月 パリ郊外のChâteau d'Hérouvilleにて『Pin-ups』を録音。Ronson(G)Bolder(B)、Garson(Pf)は参加、Woody(D)は不参加。

10月18,19,20日 Marquee Clubにて「The 1980 Floor Show」を撮影。11/16米放映。

 

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7th Album『PIN-UPS

発売日:1973年10月19日
1. Rosalyn (original: Pretty Things)
2. Here Comes the Night (original: Them)
3. I Wish You Would (original: The Yardbirds)
4. See Emily Play (original: Pink Floyd)
5. Everything's Alright (original: The Mojos)
6. I Can't Explain (original: The Who)
1. Friday on My Mind (original:  The Easybeats)
2. Sorrow (original: The Merseys)
3. Don't Bring Me Down (original: Pretty Things)
4. Shapes of Things (original: The Yardbirds)
5. Anyway, Anyhow, Anywhere (original: The Who)
6. Where Have All the Good Times Gone (original: The Kinks)

 

 

Ziggyツアーセットリストに入った曲
(1972年2月10日~1973年7月3日)

Aladdin Sane (1913-1938-197?)
All The Madmen
All The Young Dudes
Andy Warhol 
Changes
Cracked Actor
Drive-In Saturday
Eight Line Poem 
Fill Your Heart
Five Years
Hang On to Yourself
John I'm Only Dancing
Memory of a Free Festival
Moonage Daydream
Lady Stardust
Life on Mars?
Looking for a Friend 
Oh! You Pretty Things
Panic in Detroit
Queen Bitch
Quick Sand
Rock 'n' Roll Suicide
She Shook Me Cold 
Song for Bob Dylan
Soul Love (Live debut)
Star
Starman
Suffragette City
Sweet head
The Jean Genie
The Man Who Sold the World
The Prettiest Star
The Supermen
The Width of a Circle

Time
Watch That Man
Wild Eyed Boy From Freecloud
Ziggy Stardust

 

Around and Around (Chuck Berry cover) 
Amsterdam (Jacques Brel cover)
Buzz the Fuzz (Biff Rose cover) 
Fill Your Heart (Biff Rose cover) 
Get a Job (James Brown cover) 
Hot Pants (James Brown cover)
I Can't Explain (The Who cover)
I Feel Free (Cream cover) 
I'm Waiting for the Man (The Velvet Underground cover)
Let's Spend the Night Together (The Rolling Stones cover)
My Death (Jacques Brel cover)
Sweet Jane (The Velvet Underground cover) 
This Boy (The Beatles cover)
White Light/White Heat (The Velvet Underground cover)

 

 

34 ZIGGY IN A DAY

75歳のお誕生日や久しぶりのボックスのこともまだ書けてないけれど、ちょっと調べててびっくりしたのでこちらの表を作成。

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何度も映画館でも見ているジギー映画が、現在、再上映を大々的に行っており、私の住むエリアでは今週末から開始するのですが、全国59館での上映が予定されており、来週は21館で毎日34回上映…ちょっと大丈夫?スパイダーマンと間違ってない???

 

ということで上記のようにタイムスケジュールを表にしてみたところ、朝一ボウイは香川ソレイユ・2の9:30のボウイ。一番遅いボウイはシネ・リーブル神戸の21:15のボウイ。22:55終了。つまり、来週は朝9時半から夜の11時まで、日本のどこかのスクリーンに常にジギーが降臨している。

 

まあ、Bowieはいつも心の中にいるのだけれど!

 

WHITE STAR

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若き日のボウイ映画が作られている…、といううわさが流れてきた最初の頃から怪しい…と思っていた『スターダスト』。息子ダンカンのいぶかし気な反応も流れてきて()、そうだよなあ、と思っていたら、まさかの日本公開。

 

しかもわりと宣伝に力入ってる!!

davidbeforebowie.com

 

www.youtube.com

 

 

ということで、だいぶ勇気を出して見に行ってきました。

冒頭、「What follows is (mostly) fiction」という文字が出て、字幕は確か「事実に基づいた物語」。カッコに入ったmostlyがポイントだけど、訳者は「これは(ほぼ)フィクションです」という場合の「(ほぼ)」は、むしろほとんど事実だ、という解釈だったのだろう。

しかし我々ボウイストはここにひっかかる。そもそも我々、みんなBowieを見ているつもりでも、何も共有していないんじゃないか?というくらい、それぞれのBowieを見ているし、それぞれが自分にとっての「本当のBowie」を創り上げていて、こうはっきりと「事実」を含むとほのめかされると、何が事実で何がフィクションなのか、対峙する準備ができていないのだ。

 

1971年のボウイ。初めてアメリカにやってきた彼と、そこへ来るまでの過去が時折挿入される作り。

一応実際の記録によると、1969年にようやく「Space Oddity」がヒットし、イギリスでは知られる存在となった後、ベックナムの大邸宅、ハドン・ホールに引っ越し、アンジーと新婚生活を始めていた。70年にはミック・ロンソン、トニー・ヴィスコンティ、ジョン・ケンブリッジとバンドThe Hypeを結成。

www.youtube.com

 

すでにこのバンドでみんなアメコミヒーローのような衣装を着せられているけれど、この映画の中では、72年になってThe spiders from Marsの時に初めて変な服を着せようとしていやがられるというエピソードが出てくる。

70年4月にマネージャーのKen Pittを解雇。6月、Tony Defriesと契約。

この頃、兄のテリーが精神科に入院。

11月に3rd Album『The Man Who Sold The World』のアメリカ版がMercuryから発売に。ジャケットは精神病院の前に立つカウボーイのイラスト。

71年1月23日、アルバムのプロモーションのためワシントンに到着。映画はこの到着シーンから始まっている。ここでBowieの世話をしたRon Obermanは映画では二人旅の相棒として大きく取り上げられていたけれど、実際はよくわからない人物のよう。

 

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アメリカ側の準備不足で、まともにライブもできず、地方をドサ周り。

ワシントン→ニューヨーク→デトロイト→シカゴ→ハリウッド→ミルウォーキー→ヒューストン→サン=フランシスコ→ロス=アンジェルス。

 

NYではVelvet Undergroundのライブを見る。

BowieがLouだと思って話しかけていたのは、実はよく間違えられるのでLouのふりをしていたDoug Yuleだった、というのが映画のエピソード。ここでボウイの言う「スターとスターのふりをしている人物のどこが違うんだ」というようなセリフがこの映画で一番良かったセリフだった。

実際、この時もうLouはVUを脱退している。

このアメリカ旅行については、以下の本に詳しい。

honto.jp

 

 

この後、2月18日にはロンドンに戻る。

 

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映画ではこの旅でウォーホルのFactoryも訪問しているけれど、おそらく実際はこの後、9月にRCAとの契約のために再度NYを訪れた際、アンジーやTony Defriesと共に訪れていた様子。

 

www.davidbowienews.com

 

 

 

という感じで、ボウイが兄の入院によって精神病になる恐怖を抱きながら、このアメリカ一人旅を通して得たヒント、別人格やスターの仮面、そしてもともと感心のあった歌舞伎などを融合させて、1972年についにZiggyが誕生し、ライブを行う、というのが映画の筋書き。ちりばめられているヒントが、ボウイファンにはピンとくるものばかりだけれど、それらがぼんやりしている状態からなぜああして結晶したかというところは描かれてない。

ライブシーンは実際の「映像」に近づけてあるのが微妙にボラプと同じことをしているとも言えるけれど、あちらと違うのは、本人の音源が使えなかったので、口パクせず、ボウイがやっていたカバー曲だけを、ミュージシャンでもあるジョニー・フリン自身がモノマネでなく歌っていること。ここは好感。

ただ、時折流れる「ボウイぽい」メロディーや音色の音楽が辛かった。

観客のボウイイメージの「利用」については大胆で、こういう無邪気さこそが我々ボウイファンが警戒しているところだったと思うので、個人的にはむしろ全然違う名前で、違う物語で、それでもこの時期のボウイを描く、というより、この映画のテーマを描こうする映画なら、もっとずっと好きだったと思う。

 

というのも、私はこの『スターダスト』を見る二日前に、ある映画を見て「あれ?ボウイ?」と思ったために、『スターダスト』をがんばって見に行くことに決めたので。

 

その映画がこちら。

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ドイツ出身のローラント・クリック監督『White Star』(1983)。

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このドイツ映画史から浮いた監督は、音楽にCANを起用した『Deadlock』という1970年の映画がカルト的に知られていたけれど、2008年以降はドイツで再評価されているらしい。当時のニュー・ジャーマン・シネマの主流とは一線を画す、非政治的な商業映画を撮る監督。

demachiza.com

 

この『White Star』では主演にデニス・ホッパーを起用。西ベルリンの音楽業界を舞台に、かつて敏腕マネージャーだったというアメリカ人のホッパーがムーディという「顔がいい」と言い続けられる、ふにゃふにゃした謎の男をスターにしようと奔走するという話。

最初のムーディーの演奏シーンで、王子然として美しく髪を整え、白いスーツでシンセを神妙な面持ち弾く様子が「あれ?これ78年頃のボウイ?」と思ってから、タイトルが『☆』なことを思い出し、一気にいろいろとつながったのでした。

このクリック監督、この『White Star』の前にあの『Wir Kinder vom Bahnhof Zoo(クリスチーネ・F)』の監督をするはずだったのが、実際のヤク中の子供たちを起用したいなどなどの、意見が制作側に受け入れられず、撮影二週間前におろされたらしく…

この「顔がいい」ばかり言われて、全然音楽を聴いてもらえないムーディーが、大手のレコード会社との契約ばかりを目指していることなど、当時EMIと大々的に契約して、世界的スターになろうとしていたボウイへの逆恨み的な描写?と勘ぐってしまったのでした。

 

ただ、この話をTwitterに書いたところ、むしろこのムーディーを演じていた俳優の方に、Bowieへの接点があるという話を教えていただきました。

 

 

このVivabeatというバンドには、JAPANのドラマーだったRob Deanも参加していたらしく、この「ムーディー」の風貌にボウイ、というかシルヴィアン?という面影を見ていたのとも繋がって納得…。

聞いてみると、モロ!!!!

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なので、ボウイへの恨み節だったというよりは、80年代初頭のニューウェーブ系、ニューロマ系のバンドでボウイの影響受けてないはずがない、という事実を改めて確認するに至ったのだけれど、タイトルが『☆』なのは偶然ながら面白くて、『★』の喚起するイメージがまた広がったのでした。

 

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AMERICAN UTOPIA

先日、楽しみにしていたSpike Lee監督の映画『DAVID BYRNE'S AMERICAN UTOPIA』が公開され、さっそく初日に見てきました!

 

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David Bryneに関しては、不思議なことに特にこのBlogでとりあげたことがなかったと思うけれど、Bowieとの接点、Brian Enoくらいかな?と思っていたら、今回調べてたら色々出てきて面白かったので、ちょいとまとめておこう。

 

David ByrneTalking Headsや『My Life In The Bush Of Ghosts』はもちろん好きだけど、2008年のEnoコラボ作『Everything That Happens Will Happen Today』が好きで、2018年に久々に二人がコラボした同名タイトルのアルバムが出た時もまっさきに聞いておりました。
とにかく『DAVID BYRNE'S AMERICAN UTOPIA』は「明るい!!」という印象だったのだけど、これ、むしろBrian Enoの明るさなんじゃないかな、とまで思ったりしながら見ていたけれど、とりあえずByrneとBowie周辺の歴史を追ってみると…

 

1973年11月 Fripp & Eno『(No Pussyfooting)』発売

1975年12月 Fripp & Eno『Evening Star』発売

 

1976年6〜9月〕フランスで『Low』のレコーディング。808の公演後にEnoも合流

9月末〕Bowie、ベルリンへ移住。EnoやIggyもベルリンへ

 

1977年1月14日 BOWIE『LOW』発売

3月〜5月〕Bowie、Iggyの世界ツアーにキーボーディストとして同行(前座はBlondie

6月〕Eno、『Cluster & Eno』、『After The Heat』及び『Before and After Science』のレコーディング

6月〕Bowie、ハンザスタジオでIggy『Lust for Life』のレコーディング

8月〕Bowie、Eno、ハンザスタジオで『Heroes』のレコーディング(Guitar: Robert Fripp)

10月13日 BOWIE『Heroes発売

10月〜1978年2月〕Devoのレコーディング

 

1978年3月〜6月〕BOWIE ISOLAR II ツアー(Guitar: Adrian Belew)

3月〜4月〕Eno、『More Songs About Buildings and Food』、『NO NEW YORK』のレコーディング

7月14日   TALKING HEADS『More Songs About Buildings and Food』発売。

8月〜9月〕スイスに移住し、『Lodger』のレコーディング(Guitar: Adrian Belew)

8月28日 DEVO『Q. Are We Not Men? A. We Are Divo!』発売

11月 V.A.『NO NEW YORK』発売

11月〜12月〕BOWIE "The Oz Tour(ISOLAR II ツアー)”(Guitar: Adrian Belew)

 

1979年 3月『Lodger』のレコーディング続き

Eno、NYに移住

4月22日〜5月6日〕Eno、『Fear of Music』のレコーディング(Guitar: Robert Fripp)

5月18日 BOWIE『Lodger』発売

5月〕Bowie、NYに戻る。Greek TheaterのTalking Headsのコンサートへ

後日、Nicoの仲介でDavid Byrneと出会う

8月3日 TALKING HEADS『Fear of Music』発売

5月〜1980年7月〕Eno、『My Life in the Bush of Ghosts』のレコーディング

12月〕 Bowie、サタデーナイトライブにクラウス・ノミと出演

 

1980年2月〜3月〕 Bowie、『Scary Monsters』のレコーディング(Guitar: Robert Fripp)

7月〜8月〕Eno、『Remain in Light』のレコーディング(Guitar: Adrian Belew)

9月12日  BOWIE『Scary Monsters』発売

10月8日  TALKING HEADS『Remain in Light』発売

11月〜1981年4月〕TOM TOM CLUB レコーディング(Guitar: Adrian Belew)

 

1981年2月 Eno&Byrne『My Life in the Bush of Ghosts』発売

10月  TOM TOM CLUBTOM TOM CLUB』発売

 

 

というわけで、Bria Eno先生以外のキーパーソン達。

 

Robert Fripp(ギタリスト)

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1967年にキング・クリムゾンを結成。1973、75年にはEnoと共同アルバムを発表。Bowieの『Heroes』『Scary Monsters』に参加。また、Enoを介してTalking Headsの『Fear of Music』に参加後、1980年のソロアルバムのボーカルにDavid Byrneを起用。

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Adrian Belew(ギタリスト)

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1977年にフランク・ザッパのバンドに参加。そのライブを見たボウイから声をかけられ、1978年のボウイの世界ツアーに参加。Enoを介してTalking Headsの『Remain in Light』、Tom Tom Clubのレコーディングやライブにも参加し、キング・クリムゾンのメンバーとなる。

 

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Toni Basil(ダンサー、女優、振付師)

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Bowieの企画していたミュージカル『1984』で振付を依頼されていた。その後、グラススパイダーツアーで振付を担当。Talking Headsの「Once in a Lifetime」の振付のみならず監督も。www.youtube.com

 

 

さてEnoを介して(も介さなくても)、互いに同じ時代に同じように英米以外の音楽に耳を開いていたDavid BowieDavid Byrne

グラム時代のボウイのことは遠目に見ていたバーンも、Enoとコラボした『Low』には影響を受けたことをインタビューで語っている。

faroutmagazine.co.uk

 

もちろんBowieも影響を受けており、「DJ」は明らかにByrneの歌唱をまねている。

youtu.be

 

親しい間柄というわけでは全くなかったようだけれど、Bowieは1996年に「ロックの殿堂入り」を果たした際に、プレゼンターをByrneに依頼。

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そして2016年の「ロックの殿堂」では、ボウイの追悼パフォーマンスとして「Fame」を演奏。

 

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2018年1月13日のNYで開かれたThe Radar Festivalでは、「Heroes」を。

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こうしてByrneがBLM運動がシリアスな問題である中、作り上げたステージの映像が、より切実な光に思えるようになったコロナ禍の2021年。

ボウイならどうしてたかな…とどうしても考えてしまう。

 

 

 

DOMMUNEの「American Utopia」特集のアーカイブが面白かった!

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SEEDS in KYOTO

また長く空きました。

しかし前回書いたボウイ生誕祭の頃から状況全然良くなってなくて愕然!!

最近出た戦メリLINEスタンプに大島渚の「君たちはなぜ怒らないのか」というのがあるけれど、この言葉がもうずっと脳内ぐるぐるしてる。

 

しかし5 YEARSということで、いろいろと企画はあり、まず4月には鋤田さんのボウイ写真展「 時間〜TIME BOWIE x KYOTO x SUKITA」が京都駅ビル内の「美術館えき」にて開催。

 

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何気なく見に行ったつもりだったのに、入ってすぐの大きなボウイに見つめられて、早くも胸がいっぱいに。1980年、京都に長く滞在していたボウイに呼ばれてやってきた鋤田さんは、ボウイの運転する車であちこちまわったらしく、たくさん写真が残っており、その場所を突き止めて、巡礼したこともあった。

ainocorrida.hatenablog.com

 

あれから古川町商店街のうなぎ屋さんも閉店し、私が電話ボックスの場所を突き止めた時に目印にした向いの建物も更地になり、三条の桃源郷の店跡もなくなり、ボウイの居た京都の町並みは少しずつ変わってはいるけれど、1枚1枚の写真に「ボウイが京都に居た」ということがすごく感じられ、涙目になった。最近鋤田さんが京都で撮った写真も飾られており、こちらはわざと色を濃くしたと本人が言ってたけれど、デジタルの風合いが妙に不自然で、白黒ボウイ写真との落差が面白かった。

ありがたいことに、招待券をさらにたくさんいただいたので、会期中、まだ何度か行くぞ!と張り切っていたところ、緊急事態宣言のせいでこのmuseumが入っている伊勢丹が休業になってしまい、この展示もまだまだ会期を残したまま閉幕…涙

 

しかしもう1つ。

大島渚の『戦場のメリークリスマス』と『愛のコリーダ』の4K修復版、全国上映!
東京大阪ではいま映画館が休館してしまったせいで、上映が止まっているようだけれど、京都は休業補償対象にならない小さな映画館、京都シネマなので、上映中。

私は初日から少数配られるといる戦メリポストカードを狙って、敢えて大津アレックスシネマの方へ二日目に行ってみたのだけれど、とっくに配布終了していた…。そう、いまシネコンは閉まっているし、他も軒並み閉まっているせいで、ミニシアターがいつもより人が多い感じがしている。とはいえ、50%座席販売などの工夫と、そもそも黙って座ってるだけの映画館、全然OK。これでまたミニシアターまで閉まったら、私、終了…。

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琵琶湖のほとりで見た戦メリは、最後のハラさんが収容されている場所が実は海の近くで、砂浜のような地面の場所で、終始波の音が聞こえていたことを、初めて強く意識させてくれた。

もう何度も見ているので(上映会も、映画館でも)、教授の化粧に笑ったり、三上寛がボウイをぼこってる!っていうか内田裕也!!とか、そーゆーとこツッコんで笑う段階は終わっていたけれど、いびつで不自然な映画だからか、いつ見ても新鮮。
大島映画の中でMy best作ではないものの、これはやはり奇跡の映画だなあ。
ボウイの役は最初ロバート・レッドフォードに打診していたみたいだけど、ちょっと想像できない。さらにたけしと教授の役は緒形拳滝田栄に決まりそうになっていたけれど、NHK大河ドラマ峠の群像』に出るために降りたとのこと。

(余談ながらいま少年隊にハマっている私は始動したばかりのニッキのファンクラブにもさっそく加入したのですが、昨日、その生配信ラジオで、かつてニッキも『峠の群像』に出たために、レッツヤンのサンデーズは降りた(かっちゃんはそちらに)という話をしていて、時空が繋がった。

 

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気づいたら色々戦メリ本が集まっていたので、来週、京都シネマにもう一度見に行くまでに読もう。この映画は製作裏話がすごく面白い。まだレッツダンス前のボウイ、まだ映画監督になるなんて誰も思わなかったたけし、これが映画音楽初挑戦になった教授…当時は、出演が決まった段階、撮影中など、たけしがその裏を伝えていたんだろうなあ、というのを思うと、映画製作自体がお茶の間、ラジオリスナーなど多くの人に見守られていただろうし、いざ公開されたときもセンセーショナルだったんだろうなあ、と想像。80年代の狂騒。

 

戦メリを久しぶりに冷静に見て思ったのは、ハラキリが名誉の日本人は「恥」を恐れる思想を抱き、西洋人は「罪」を恐れているということがわりとハッキリ描かれていて、それはそのままヨノイとセリアズの対立になるのだけれど、その中間地点にいるのがロレンスとハラ。おそらく80年代の観客はきな臭い現在以上に、ヨノイ的な価値観を否定することが当然という雰囲気に生きていただろうし、今の私にしてもヨノイ側に共感するところは1ミリもなくて、1945年を境にひっくり返った価値観の差に改めて驚いたりもする。

まあしかしほんと変な映画なので、いろんなことを言い合えるのが面白い。

 


最後のシーンを描いてみた。

ホントはこのシーンの背景はこんなに広くは映らないのだけれど、キスシーンの前にセリアズが言う「ここは美しい場所だ」というセリフが今回、印象的だったので、広めに眺めてみた。

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BOWIEの撒いた種(戦メリの原作タイトルは"The Seed and the Sower")は、本人が不在でも、京都でしっかり芽吹いてる。

 

FIVE YEARS ★

Dear David

 

Happy Birthday.

It's been five years.

How are you doing there?

We will be OK with YOU.

 

January 2021

 

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5年前の衝撃の日に想像した未来とは全然違う2021年1月。

ヨーロッパにIvo × ナウエルさんの舞台も見に行けず、いろんなことができないでいたら、ヤクザ映画と少年隊にハマってしまいました。

Bowieは相変わらず側にいて心強いと思っているけれど、彼なら、いまの世界にどんな作品を作ったかなあ。

 

この5 years記念で、ミュージカル「LAZARUS」の配信があり、朝4時からのチケットを間違って買ってしまったため、ほとんど頭が働かないままで見た一度目。

今度こそ、と24時から見た二度目。

結局二度目も途中から眠気との戦いになってしまったけれど、予想していたより全然面白かった。台本読んでるだけじゃ人物像は全然分からなかった。

 

24時間配信が遅れたマイク・ガースンらのセレブレーションコンサートも楽しんだ。

なんて良い曲ばかり。

珠玉のパフォーマンスで聞くと、あれ?これ全部Bowieがやってたのか、とんでもないなあ、と気づく。