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bowie note

David Bowieをキーワードにあれこれたどってみるノート。

ARTIFICIAL CAGE

桂離宮はあまり先入観や予習もなく、ミーハー心で行ってみたのですが、そうして良かった。

と、井上章一の『つくられた桂離宮神話』(1986)を読み終わってつくづく思ってるところです。

 

つくられた桂離宮神話 (講談社学術文庫)

つくられた桂離宮神話 (講談社学術文庫)

 

 

「いきなり自分の恥をさらすようだが、私には桂離宮の良さがよくわからない。」と、まえがき冒頭で告白され、あとがき冒頭で「これは、桂離宮を冒涜するための書物ではない。」と述べられるように、近代以降も人々がたくさん生み出してはそれに縛られてきた「神話」から自由になるための試み。

私はあまのじゃく体質ゆえ、きっと桂離宮賛辞をたくさん読んでから行ったとしても、井上氏のような正直な感想を述べた可能性もあっただろうけれど、それでもやはり「美」を見出す努力をもっとしたかもしれなかった。

 

ただ、私が拝観した桂離宮というのは主に「庭」なのであって、建築の方は外から眺めるしかできなかったため、内部のことはよく分からなかったのだけれど、その外観からはとにかく「モダンだな」という印象を受けた。そしてそれこそが本書の最初の論点だった。

私はとくに建築に詳しいわけではないので、もうただ単純に桂離宮御殿の高床から、ル・コルビジェの「ピロティ」やミース・ファン・デア・ローエの「水平連続窓」を「連想」したに過ぎないのだけれど。

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ル・コルビジェサヴォア邸」

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ミース・ファン・デア・ローエ「ファンズワース邸」

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桂離宮の「発見者」とされているブルーノ・タウトをここへ連れて行ったのは上野伊三郎であって、「モダニズム」を推し進めたい人々がある意味タウトを利用した面があった。ただそれをきっかけに桂離宮の世界的な「評価」は今も「モダン」の文脈と繋げて捉えられているのだろう。観覧者はほとんど外国人ばかりだった。

 

もう一つ、桂離宮の印象を表すキーワードは「人工」だった。客を迎え、視覚も聴覚もコントロールしながら「楽しませる」その庭は、現代でいうところの「テーマパーク」のようなものにも思えたけれど、テーマパークと決定的に違うのは、桂離宮には「楽屋」がないことなのかもしれない。主が茶をたてたり料理を用意する場所は、庭と同時に客からよく見えるよう、縁側の方におかれていた。それほど計算しつくされた「人が作った自然」だった。

 

そういえば九条山のキッド邸跡を訪れたとき、そこにはもう「塀」しかなかったけれど、それだけでもなんというか、「パチモン」感というか、「イメージされた日本」感があった。もちろん、結局外国人が「日本」をやってもしょせん…ということが言いたいのではなく、それは国籍とかは関係なく(私が「日本建築」を作ろうとしたって絶対出来ない)、庭園や建築の本質は「人工」の「つくられた」ものだということであって、Bowieは「本物の日本」ではなく、「偽物」として作品に取り入れてたのではないだろうか。

オリジナルキャストが歌う『ラザルス』に入っている「No Game」では例の日本語ナレーションは英語話者によるカタコトになっていたけれど、そもそも元の「No Game」も、ナレーション自体は日本語話者がやっているけれど、その意味の分からない日本語詩や、おおげさな節回しなど、明らかに「わざとらしい」感じがある。と私は思う。

「Moss Garden」がもし「自然さ」を出したかったのなら、シンセではなく生ストリングスを使うなり、琴演奏だってリアル奏者を呼んでやるだろう。

純のCMで彼はピアノに向かってるけれど、CM曲「Crystal Japan」にピアノの音は入ってない。

 

 

というわけで『ラザルス』と『Who Can I Be Now?』がリリースされ、賑わっているBowie界隈。まだ全然全部は聞けてないけど、私は『Station to Station』のボックスを持っていなかったので(3枚組の廉価版だけ持ってる)、Harry Maslinn Mixを初めて聞いたのですが、これは面白い!!!と興奮しています。

 

ラザルスの方に入っていたBowieの未発表音源3曲は、なるほど、と楽しみつつも、あくまでアウトテイクというか、『★』は「完璧」だったのだ、という確認をしつつ、こうした曲はまだまだきっと彼から生み出されただろうし、そしたらまた次のアルバムも出ただろうし…と妄想してしまったり、でした。

 


Michael C. Hall, Original New York Cast of Lazarus - Lazarus (Live at The Arts Club)

 

MOSS GARDEN

遠くからBOWIE仲間が京都を訪れました。

BOWIEの足跡は世界各地にあるけれど、京都(とベルリン)のBOWIEを特別なものと感じるファンは多いのかも。きっとBOWIEにとって、特別な町だっただろうから。

 

というわけで私も便乗して、近いのに一度も行ったことのなかった「ゆかりの地」を巡ってきました。

 

まず「桂離宮」。

Let's GO !

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Blue, blue electric blue

That's the colour of my room 

Where I will live

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桂離宮は「立体だ!」と、当たり前のことを言いたくなるほど、構図を考え抜かれて作られた「絵」のよう。

それにしてもコケを踏まないよう、監視の目が光っているのに対し、青い襖の色が日焼けであせている、というほどラフなところもある。写真も撮り放題だし。

Bowieも写真撮ったかな。

 

 

そして「苔寺西芳寺)」。

桂離宮は「庭」だったけど、こちらは「森」のよう。

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もちろんこれを聴きながら歩いてみる。


David Bowie - Moss Garden (HQ)

 

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静かだけど阪急の音が聞こえた桂離宮より、さらに静か。包まれる。

Bowieの琴、なかなかそれらしくて上手かったんだなあ。

 

続いて「正伝寺」。

前回は自転車で雪の季節に行きました。

今回はバスで行ったのでこんなユルイ看板を発見。

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横の線で出来ているので、「落ち」つく。

静かな空気の中、鳥たちだけが元気に話をしている。

フランス語でガイドをしていた方が、「京都のお寺は全部行ったけどココが一番好き」と言っていた。

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この日の空は異様に広かった。

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普通?は石で作るらしい「七五三」を表すツツジ

これまでこのCMが「正伝寺」で撮られたというの、よく分かってなかったけど、初めて大きな画面でCMを見て、今回やっとこのツツジや縁側?を確認できました。

このyoutube画像では残念ながら暗くてよくみえない…。


David Bowie Crystal Japan

 


DavidBowie 1980 Japan CM

 

あらためてこの辺りのBowieの「シンセサイザー」の音の面白さを確認。

こんな音は、この時しか作れなかったのものだろうけれど、それが良かった。


David Bowie - Crystal Japan

 

CUCURRUCUCU...

クラシック育ちのため(?)、演歌とブラックミュージックは「全部同じに聞こえる」という耳の持ち主だった小学生時代を経て、まずはTMやパーフリで「汗かかなそう」な音楽にも耳を拡げ、いろいろひねくれたところを経て、ようやくBowieで「ロック」に開眼したのですが、これはいつかドハマリすんじゃねーか、という予想が一番高いのが「南米音楽」でした。ちょこちょこ触れているだけでも「こ、これは他と違う、そもそものポテンシャルというかが、まず階段5段くらい上から始まっている…」ということに気付いており、老後はラティーノ趣味で過ごす、など想像していたのですが、案外早くそれは来てしまったようです。

老後が?

いえいえ、南米。

 

Caetano Velosoとの出会いは映画『ブエノスアイレス』なので、1997年(って19年前かよっ!!青)。それから何枚かはアルバムを集めて気に入って聞いていたものの、たくさん有りすぎるので深入りはせず…が、この夏のリオオリンピックをきっかけに、アルバムを集め出したら、面白くて、トロピカリズモの本なども読んだり、秘かに南米ブーム来てました。

そしたら来日するというじゃあないですか、カエターノ、11年ぶりに。

一切迷いなく、とりました。先行で。

74歳、いつ何があっても…と、今年の私はホントにアレですから。

ポールもリンゴもディランもストーンズも「ま、いっか」なんだけど、カエターノでしょ??行くしかないでしょう。

 

というわけで、昨日、NHK大阪ホールへ。

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東京はフェスのみの出演だったので、今回の唯一の単独公演である大阪へ全国から集まったコアなファンたち。

ほぼオンタイムで開始。

まずはテレーザ・クリスチーナが出てくるかと思っていたら、本人がふらっと現れ、会場は立ち上がって「割れんばかりの拍手」で喜び迎える。

その後も1曲1曲終わる度に物凄い拍手。次の曲始められないので、しょうがなくイントロをカエターノが弾き始めるとピタッ!と静まりかえり、舞台に集中する観客、「Todo O Mundo, cantar!」と、私でも分かるポルトガル語が投げかけられると、私には分からないポルトガル語の歌詞で合唱できるオーディエンス。

何者じゃ!?!?

 

それにしてももうカエターノの歌の、音楽の豊穣さには感涙で、幸せで、どうしたものか…でした。それで曲が終わると歓声。みんなも同じ気持ちなんだな…というのでまた泣ける。思い出してもまだ泣ける。

74歳だから…なんて誰が心配?してたんだ。

生命力の塊でした。

 AMAZING AUDIENCE。笑

 

11年ぶりの来日でこの愛されぶり、もし今年来日していたら14年ぶりだったPrinceは、どんな歓迎を受けたのだろう。彼もきっと74歳になってもあのままの歌声を聞かせてくれただろうな…Princeの追悼でCaetanoと比較していたものがあったけど、わからなくはない。Princeは自分のパーティーでCaetanoの「No Dia Que Eu Vim Embora」をかけていたらしい。


No dia em que eu vim-me embora Luiz Gonzaga

Mikiki | 追悼:プリンス―自身がホストを務めた、人生という名の華やかで濃密なパーティの日々を振り返る | COLUMN | R&B / HIP HOP

 

 

それにしても本当に幸せな時間で、美しい時間で、いまだなかなか現実に帰ってこられないし、ポルトガル語って凄いなあ〜〜〜

前回の来日の時のインタビューでも語られたけれど、声と歌と、言葉と…その有機的結合たるや…!!!

tower.jp

歌詞の意味全然分からなくても、伝わってくることが面白い…(分かりたいけど)。

作曲家としての面白さがそれぞれ違うところにあるというか、Bowieだと「コード」で、Princeだと「グルーヴ」で、Caetanoは「メロディー」が特別に強靱で自由な気がする。

 

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ホールは4階なので、エスカレーターに乗っていると温室みたいな窓の外にジョーが見える。オオサカジョー

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それにしてもカエターノは最後の「スター」なんじゃないかな。BowieとPrinceがいない地球で。見たことナイのに言うと、ミック・ジャガーやポールは「バンド」って感じだし、ディランは「スター」って感じではないのでは、と。なんというか「1人」でステージの上でギラギラ、キラキラしている人。もちろんもっと下の世代にはそれに相応しい「スター」はいるだろうけど、Bowieらほどの色んな世代に認識されているようなスターは、もうカエターノくらいでは…?と。

今回カエターノが見られることが嬉しくて会う人会う人に言ってみたら、知名度があまりに低くて驚いたのだけど。

今も色っぽいけど、若き頃の色っぽさはマジヤバですよねえ。

 

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そして今の若々しさのための努力を、インスタなどで開けっぴろげにできるところも素敵。

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肉とコーラって!!

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そんなカエターノ、Bowie逝去の後、FBに長々と文章を寄せてました。

https://www.facebook.com/FalaCaetano/posts/777168849054216:0

 

ポルトガル語読めねぇ〜〜〜〜!!と叫びながら「ブラジル・ポルトガル語入門」など本を買おうとしている私の回りくどさ…

ブラジル人の恋人作れば済むのに。

と、細切れにgoogle翻訳にかけたら、大意は分かりました。

どうも1970年、亡命中だったロンドンで、ボウイとコラボすべき、というマネージャー?のすすめにより、ライブを観たのだそう。それで、「ビートルズストーンズは好きだけど、ボウイは…」と思ったのだそう。

まあ、1970年のライブだったら、長髪にギターを持ったフォーク歌手ボウイに対しての反応としては当然かも。同じスタイルで超人的に上手く歌えて演奏できるカエターノなのだらから。

しかし「Lazarus」のビデオに大きな感銘を受けたことも書かれている。

 

★追記★

70年ならまだフォークスタイルかとうろ覚えで書いたけど、2月からもうHypeとやってるので、バンドになってた!!『Space Oddity』から『The Man Who SOld The World』への変革期。いつのライブ観たんだろう。

 

 


Caetano Veloso - "O Leãozinho" (1977)

 

I will be King

BOOK / MAGAZIN PRINCE

9月の大阪文学フリマに参加していた岩井さんのBowie論集大成を入手。

当日は用があって私は行けなかったのですが、大人気だったようで何より。

 

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とにかく情報量が異常。私のボウイ道などまだ3年未満なので、まったく比較にならない量の文献を背景に「考察」が進みます。

一つ一つを確認してては全然読み終わらないので、とりあえずストレートに読了。「愚者」「天使」「都市」という3つの評論があり、その中でも「愚者」はおそらくご本人も一番思い入れのあるキーワードなんじゃないかと思われ、大変痛快な書き方で始まっていました。

 

「七十七年の『ヒーローズ』は道化が歌ったものであり、00年代以降のステージで偽らざる真の王によって歌われたそれとは、まったく別物である。」

  (『デヴィッド・ボウイ集成 Ⅰ 愚者/フール(作品)編:黒本』岩井卓巳著、紐育春秋刊、2016、18頁)

 

わ。

なるほど。

私、これまで「Heroes」の歌詞について全然ピンと来てなかったけど、この一文だけでもすでに幾つもの点がつながりました。

 

この曲には「They」という、何とも日本語にはしにくい、あるいはしないほうが良いものが「We」に敵対して出てくるのですが、何も(Nothing)そいつらを「beat」し、「drive away」することができなくても、それはすなわち正攻法で勝てなくても、という意味だと思われるのですが、一日だけなら"King&QueenHeroes" になれる、ということ。

「けど誰が?」というBowie本人の問いに、岩井さんは「愚者(フール)」、あるいは「道化」という答えを出します。

 *ここでも紹介されている山口昌男らの道化論はもう40年以上前の論考ですが、いま読んでも面白いし、むしろ今こそ、という気もする。

つまり、中世の宮廷に仕える道化たちは、「カーニヴァル」の日にだけ、王冠を戴き、祭りが終わるとそれは奪われ、日常に追われる。

 

では、どうして道化は「やつら」に勝てるのか。

岩井氏は吉本隆明親鸞論をひいて、「愚者」と「知者」という対比を提示して締めくくっておりますが、浅学にして吉本未読の私は、ベンヤミンカフカ論にて論じられた、メルヘンの力のことを思い出しました。

オデュッセウスとセイレーンについて書かれたカフカの物語は、「不充分な、いや幼稚な手段ですら、救助に役立つことがある」(『ベンヤミン・コレクション 2 エッセイの思想』ヴァルター・ベンヤミン著、三宅晶子他訳、ちくま学芸文庫、1996年、121頁)という書き出し。これをベンヤミンは、神話の暴力にメルヘンが勝つ例としして挙げます。また『城』の助手たちやサンチョ・パンサといった「愚か者」たちにのみ、生き延びる可能性があることを示します。

この愚か者、道化が生き延びる、という方法を感動的な作品にしたのが、1998年の『ライフ・イズ・ビューティフル』という映画。パンフレットの解説で越智道雄氏も書いているように、収容所で息子を生き延びさせるために行った「遊び」は、ユダヤ道化「シュレミール」の仕掛けたカウンターゲームでした。注意しなくてはならないのは、ここで生き残るのは、道化を演じた主人公ではなく、それを信じた本物の愚者である息子のみ。道化の一種「贋王」としてふるまった主人公にとっての「英雄」の時間は「Just One Day」、と、終わりが訪れます。

(未読ゆえ推測ですが、吉本氏の「知者」というのはこの主人公の方なのかな、と想像)

ライフ・イズ・ビューティフル』では親子の愛だったものが、「Heroes」では恋人への愛になっており、「I」は、「You」をQueenだと言ったり、イルカのように泳げるよう願ったり、サバイバルを願う。あの息子のように自分が愚者であることに気付かなければ、彼女は生き延びるかもしれないし、あるいは歌詞の通り、「Maybe We're lying, then you better not stay. But we could be safer, just one day」と、無事であるのかもしれない。道化であることは、生きるための、愛する者を生かすための切実な手段であるのではないでしょうか。

 ★余談:"Heroes"で眠る赤子。彼女こそBowieという道化によるサバイバル術を享受する存在なのかも。

 

Bowieという人自身は、本物の愚者ではなく、意識して道化を演じた人。岩井本の別項では「エレファントマン」というグロテスクな人物をBowieが演じたことが詳しく述べられておりとても興味深かった。

Just one day、それが最も重要なのだと思う。

 

 

ところでBowieがなくなった後、数々のミュージシャンがBowieの曲を演奏することで哀悼、あるいは愛情を示しましたが、この「Heroes」を演奏したのが、かのPrinceだったとは意外、選曲として意外でした。(自分の「Dolphine」という曲と繋げてるので、単なる連想だったのかもしれないけど)

 

Prince covers David Bowie's Heroes

 

BowieとPrinceのことしか考えてないといっても過言ではない2016年。

2人を比較すると「違い」ばかりが出てきて面白いのですが、Bowieが意識して道化を演じ、そしてその道化が王を演じ、という存在だったのに対して、生まれながらに「王子」という名を与えられたPrinceは、決して「王」にはならない「王子」として、それを演じるのではなく、それそのものになることを(名付けという原因によって免責しつつ)、自ら選び、目指し、そして実現し、最後までそうあり続けた人でした。

ある意味本物の「愚者」であるその佇まいは、どんな時も気高かった。

 

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長年ハイヒールとダンスなどで酷使してきた腰痛の鎮静剤によって亡くなったPrinceは、80年代から杖を持ち歩いていたけれど、それは腰痛をいたわるなどという平民の使用法ではなく、王子の携帯品である笏だった。

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幼少期から学校で背が小さいことをからかわれようとも、頭もよく運動神経もよく、さらには音楽への比類なき才能と情熱と愛に溢れたPrinceは、自分が道化の役回りをすることなど、一切考えてなかったのではないかと思う。小さな町の中でなら、彼は正攻法で勝ってこれたのだから。

問題は小さな町から全米、全世界へ出た時。

レコードが話題になり、Prince本人を待ち望む人々の前に彼が初めて姿を現した時、人々は、彼の背が低いことに「驚いた」。そしてその反応にPrince自身も驚いてしまった。

 

 「ライブやテレビでの演奏の実績がなく、スタジオの天才という評判が実際の本人の姿に先んじてしまっていた。笑いものになる危険性は常にあった。(…)彼がごまかしやショー・ビジネスの特殊な力に守られたりせずして公衆の面前に姿をみせると、見劣りするという致命的な欠点が容赦なく露呈してしまった。口の悪い連中が彼を見ると、寸足らずそのものではないか。『それは彼にとって初めての大事件だった』とペペは言う。『彼はすっかりおじけづいてしまったんだ。これが一体どういうことなのかさえわかってなかったよ』。

見世物興行は続く。」

(『プリンス A POP LIFE』デイヴ・ヒル著、野辺山静、沼崎敦子訳、CBSソニー出版、1990年、74〜75頁)

 

デビューしてだんだん過激になっていったPrinceの、「ヘンタイ」と評されても誰も反論できない露出過多の衣装から、様々な奇抜な変遷を経て、3つ目のサングラスにアフロという最後の出で立ちまで、それは道化の衣装ではなく、インパクトという名の「威嚇」だったのだろう。ステージを降りてもPrinceは常にPrinceな衣装と化粧だったらしい。

For ever and ever。

 

 


David Bowie - "Heroes" - Live on Dutch TV - 1977 - Remastered

 

 

 

 

When I Met You

ポイントやクーポンを最大限利用しまくりながら、『Who Can I Be Now?』ボックスを予約しつつ、ついに私も「箱ばっかり買ってる」人間になったか〜〜…と、箱地獄をひしひしと感じる2016初秋。

『ボウイトレジャー』の黒いページに付く自分の指の脂に落ち込んだせいで(嘘)、『地球に落ちて来た男』サントラに関しては箱を買わず、通常版にしました。

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MAN WHO FELL TO EARTH

MAN WHO FELL TO EARTH

 

 

映画何度も見てるし、爆音上映で音も堪能したので、そう期待してなかった(もう知ってる感)のですが、すごく音も良いし、構成も面白くて、私は満足!!

 


Stomu Yamash'ta & Come To The Edge - Poker Dice ( Floating Music ) 1972

 

ただしサントラには、印象的な映画のエンディングの曲が未収録なので、自分で付け足して聞かねばなりません。

 


Stardust - Artie Shaw And His Orchestra

 

 

さてさて。はしゃいでいたら、またも「突然」のニュースが。

nme-jp.com

 

これはちょっと聞くの緊張する!!!

色々まだ謎ですが、もう一ヶ月ちょいでリリース。

どきむね。

 

All Is Pretty

以前、『戦メリ』を上映したカフェを畳むと言うので、それなら店主の一番好きな映画である、『バスキア』を見ようよ、と提案。

お店にはいつもバスキアの黄色いポスターが貼ってあったのでした。

(すぐフライヤーとか作ってしまう「ごっこ」好き。「BASQUIAT IS COMING」がそのポスター)

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先に未見だった2010年制作のドキュメンタリー『バスキアのすべて』を見る。

バスキアってこんなに魅力的な顔、表情、姿なのか!

『Downtown 81』は大好きなので何度も見てたけど、あれはむしろバンドのライブシーンの方が印象的で。

モヒカンのバスキア、なんだか若い頃の坂本龍一ぽい。

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 『バスキアのすべて』は、まだバスキアのことをよく知らない身としては勉強になったけれど、そう深く「論じて」いるわけではなく、バスキアの絵ってほんとユニクロのせいで日本では老若男女、文脈も何も分からず身につけてるけど、全然まだまだこれからなんだな、と。ウォーホルはもっと色んな語られ方しているけれど、バスキアは一辺倒な感じだし。それにしても1960年生まれってことはプリンスよりも若かったのか〜〜〜。

 

そして『バスキア』。

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なんともう公開から20年経ってるのですね。

公開当時は印象が薄かったけど、Bowieにハマッてから見直すと、記憶よりもだいぶ悲しい映画だった。それ以来見たわけですが、ドキュメンタリーを先に見たせいで、細かいとこまで「作り手」の気持ちになってしまった。あのエピソードをこうしたか、こう描いたか、と。

 


David Bowie's part in Basquiat Part 2

 

それにしてもヴィンセント・ギャロが出てることに初めて気付いた!!

ギャロのことはだいぶ好きなので、Bowieと並んでるというのは興奮。

 

 

映画を見ていたら、だいぶBowie as Warholも何度か出たあたりで友人の一人が「は!!」とした顔で「これデヴィッド・ボウイやん」と私に言うので、「今気付いたんかい!」と。なかなかバレなかったようでした。笑

一方この映画が大好きな店主の方は、この映画がバスキア、ウォーホル、ボウイを知るきっかけだったらしく、今でも本物のウォーホルより、ボウイのウォーホルの方がしっくりくるらしい。

私のウォーホルのイメージはもっと「かわいい」人なので、Bowieのウォーホルはやはりちょっとクールに格好良すぎるかな、という気もする。けど、これはこれで好きです。

 

このジョナス・メカスの『Scenes from the Life of Andy Warhol』が私の好きな映画Best 10に常に入っており、この中のオフショットなウォーホルがとてもチャーミングなのでした。


Scenes from the Life of Andy Warhol: Friendships and Intersections

 

 

さて。

最近、追悼系雑誌を読み較べていると、BowieとPrinceの存在の違いが分かって面白いのですが、Princeがまだ全然論じられてこなかった(少なくとも日本では)分、どんな切り口も面白いのに対し、Bowieはちょっといま手札を出し尽くしているのではないかな、というぼんやりとした印象があるけれど、その突破口になるのでは?と思うのは、Bowieの「美術」への興味です。

いま、そのコレクションがオークションにかけられるということで注目されているけれど、ちょっとこんなに美術に興味があった「ロック」の人は他にいなかったんじゃないかと、思うので。

とくに『Modern Painters』という雑誌に1994年から1998年に寄稿していた「美術記事」を見ると、そこにはスターのBowieは居なくて、現代の美術作品に本当に熱中している一美術ライターがいる。

http://www.bowiewonderworld.com/art/modernp.htm

 

バスキアについては1996年春号で書いており、とても専門用語も多くて読みにくいながら、なんとか辞書をひきつつざっと読んでみると、幾つか彼なりの着眼点がある様子。

 

This is NOT Black Art, I maintain, and this is not ART, well no, this is STUFF and I like it, yeah, yeah, yeah. This STUFF rocks.

 

と、Bowieはバスキアの作品を「STUFF」と捉えているらしい。

このSTUFFというのをどう受け取っていいのかがよく分からないのだけれど、彼の生い立ちを紹介しつつ、彼がどういった「表現主義」であったかを解く時のキーワードにしているのではないか、という印象。

精読できてないので、誤読かもしれませんが。

80年代、バスキアは黒人ということで「プリミティブ」なアーティストだと理解されていたようだけど、本当は都会っ子だし、実際、その線も色もほんと洗練の極地だと思う。つまり他の色んな画家の作品や、同時代の音楽、映画、広告を知っている人が選んだ線と色というか。バスキアをポップにTシャツや雑貨に使うのはホントにやりやすいだろうし、この映画自体、とても分かり易いし、使われている音楽が誘うセンチメンタリズムもかなりのもんだけど、この映画公開時に、Bowieがバスキアを「アート」のまな板に載せるというむずかしい仕事をしていた、というのは注目ではないかと。

 

 

『バスキア』の音楽を担当したのはJohn Cale

彼がLou Reedとともに86年に亡くなったDorella(ウォーホル)を忍んで行った88年のライブ(1990年にはアルバム発売)。

 


Songs for Drella - Lou Reed & John Cale

 

 

 

シンコーミュージック・ミュージックマガジン・青土社・河出書房

BOOK / MAGAZIN PRINCE

KAWADE夢ムックの『プリンス 紫の王国』が昨日発売になり、イッキ読み。

編集は現代思想の巻末で痛快なディスコグラフィーを書いてくれた松村正人さん(と三田格氏)。4冊めのPrince特集本として、他を考慮せざる得なかった辛さはありそうな感じだったけど、全体的にどの記事も歌詞の云々よりも、音楽に拘っているのが多いのは好感。面白かった。

 

ということで、例の特集本一覧がとりあえず揃ったので、比較用メモとして目次をダダダとまとめておきます。

 

☆PRINCE☆

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① CROSSBEAT Special Edition "PRINCE"

(2016年6月9日発行、196頁、1,600円)

CROSSBEAT Special Edition プリンス (シンコー・ミュージックMOOK)

 

【CONTENTS】
HISTORY

巻頭文:荒野政寿
破格の契約金を得てデビュー、やがて時代の寵児に:高橋道彦
レヴォリューション解散後の新展開と、ワーナーとの確執:高橋道彦
結婚・離婚を経て、ファン・サイトからのリリースに注力:高橋道彦
再び活動が活発化してきた矢先の、突然の訃報:高橋道彦

REVIEW & COLUMNS
全公式アルバム(1978-2016):JAM、小林雅明、高橋道彦、荒野政寿、村上ひさし、長谷川町蔵、大久達郎、佐藤英輔、沢田太陽
ミネアポリス・サウンドの背景:高橋道彦
“ギタリスト=プリンス”の魅力:佐藤英輔
ラッパーが語る“プリンスとヒプホップ”:ダースレイダー
プリンスとジャズ:原田和典
後進を刺激し続けるプリンスという音楽家:荒野政寿
主なアルバム未収録曲:沢田太陽
主演劇映画:長谷川町蔵
プリンスの歌詞に見るメッセージ性:小林雅明
“パープル・ミュージック”の配合成分を聴き解く:渡辺亨
プリンスとワールド・ミュージック:吉本秀純
死後に注目された慈善家としての横顔:井上ひさし

DISC SELECTION
曲提供、プロデュース etc.--プリンス関連作を再検証:荒野政寿、大久達郎、佐藤英輔、JAM、杉山仁、ダースレイダー長谷川町蔵、山下紫陽、渡辺亨

注目すべきカヴァー・アルバム/ソング:渡辺亨

チャートにも食い込んだ「プリンス・カヴァー」の数々:大久達郎

INTERVIEWS & ARCHIVES
対面インタビュー①:本邦初公開の初期発言:1981:アンディ・シュワルツ
ミネアポリス突撃取材/来日時裏話:1992:松尾潔
来日記者会見での全発言:1996:岩崎隆一
対面インタビュー②:1996 & 1999:内本順一
対面インタビュー③:1999:播磨秀史
リッキー・ピーターソンが語る 素顔のプリンス:中田利樹
LIVE IN JAPAN 1986-2002:レポート&写真で振り返る来日公演:今泉圭姫子、渡辺亨、岩崎隆一、佐藤英輔
歴代担当氏が語る プリンスとの仕事 井本京太郎×野口由香×湯山惠子:大久達郎
関係者証言:『Diamonds And Pearls』日本レコーディングの舞台裏:大久達郎
「プリンス・ナイト」主催者の横顔 テリー植田:荒野政寿
西寺郷太が語る プリンスと日本、ミネアポリス・サウンドの影響力:荒野政寿、鈴木ダイスケ

R.I.P. PRINCE:アーティスト、著名人による追悼語録:飯村淳子

 

② MUSIC MAGAZINE増刊 プリンス:星になった王子様

(2016年7月14日発行、192頁、1,800円)

プリンス 星になった王子様

 

【CONTENTS】

One Day My PRINCE Had Come... 来日ツアーの記録(写真=石田昌隆、大熊一実)

プリンスはずっとプリンスのままである(湯浅学

ミネアポリス追悼・考察紀行(西寺郷太

孤独な王子を支えたパートナーたち(高橋健太郎)

80年代に最高に輝いた“ヤンチャさ”(和久井光司

“ファンキー”であることの意味(金澤智)

ブラック・コミュニティとプリンス(堂本かおる)

矛盾を武器としたヴィジュアルの魅力(長谷川町蔵

プリンスのこどもたち(安田謙一

 

アルバム・ガイド(小出斉)

そのほかのおもな作品(松竹剛)

 

ミュージック・マガジン・アーカイヴズ

 夢の王子様は成人向指定(1982年1月号)(今野雄二

パープル・ジェネレーションのニュー・ヒーローを目指すプリンス(1984年8月号)(湯川れい子

2万の大観衆に降りそそいだ華麗な紫の雨(1985年1月号)(今野雄二

プリンスの新たな第一歩——パープルからペイズリーへ(1985年5月号)(今野雄二

アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』の面白さ(1985年6月号)(小嶋さちほ×真保みゆき)

すごかった! プリンス来日公演(1986年11月号)

カラフルな夢にあふれる“つくりもの”の世界(高橋健太郎)

大きく変った“異端”のイメージ(北中正和

素直に伝わったメッセージ(椿正雄)

ベッドルームから届いたプリンスのニュー・アルバム(1987年5月号)(高橋健太郎)

もっと知りたい? プリンスの秘密(1988年7月号)

新作『LOVESEXY』と幻の『ブラック・アルバム』(今野雄二

シングルB面に刻まれたもう一つのプリンス・ストーリー(高橋健太郎)

また熱く躍動しはじめたミネアポリス・コネクション(1990年9月号)(萩原健太

『ダイアモンズ・アンド・パールズ』を発表したプリンス(1991年10月号)(高橋健太郎)

 

③ 現代思想2016年8月臨時増刊号 総特集 プリンス 1958-2016

(2016年7月22日発行、246頁、1,500円)

現代思想 2016年8月臨時増刊号 総特集◎プリンス1958-2016

 

【CONTENTS】

パレードへようこそ
少数者の王子 / 松浦理英子
音楽への無条件の信頼 / 湯浅 学     
「闘争者」としてのプリンス・ロジャース・ネルソン / 吉岡正晴    
メロディ・メイカーとしての魅力 / ピーター・バラカン
Ƭ̵̬̊の唯名論 / 佐々木 敦
「この曲のベース・ラインはどこだい?」 / 大谷能生
踊れなくなったプリンス / 宇野維正


対談

笑っちゃうほどすごいし、ありえないほど美しい ――思い入れの名曲を弾いてみよう! / 西寺郷太向井秀徳
プリンスという〈コンセプト〉を探る――音楽への愛と遺された謎 / 高橋健太郎+萩原健太


「僕らは、想像しうる限りに高い音で終わる」……音楽・自己・魂について
TAFKAPかく語りき ――ST. PAUL PIONEER PRESS 一九九六年一一月一七・一八日 / ジム・ウォルシュ/佐久間由梨 訳


インタビュー
気持ち悪くて気持ちいい / 及川光博 (聞き手=かつ とんたろう)


Prince……たたかう貴公子
聖なるセックス(マシーン) / 大和田俊之
プリンスと人種をめぐる諸相 / 出田 圭    
特異性の論争 ――プリンス、その経験の雫 / 森 元斎


The Revolution……紫の迷宮
マルチプレックス・ポエトリー / 小谷真理
想像力の架け橋を / 樋口泰人
プリンスのドリームスケイプ ――永遠に遅れた夢の作業 / 新田啓子
紫のソリテアー    ――プリンス――いつか井戸の鳩が鳴くとき / 中野利樹 (TOSH NAKANO)    
ジョニに抱かれて ――「ア・ケイス・オブ・ユー」を歌うプリンス / ガス・スタドラー/松井一馬 訳
殿下が遺したサムシング / 上野功平


The New Power Generation……光と影の世界
物見の塔の王子が見たもの    ――プリンスと「エホヴァの証人」考 / 北丸雄二
ザ・レヴォリューション・アンド・プリンス ――音楽アメリカ民主主義 / 源中由記
プリンスという大いなるフィクションについて / かつ とんたろう
絶倫の思想 / 行友太郎
ぼくは 君の意識、ぼくは 愛 ――プリンス2捧げる歌 / ヒルトン・アルス/曽我直隆 訳


1958⁻2016
ディスコグラフィ松村正人

 

④ 文藝別冊 KAWADE夢ムック プリンス 紫の王国

(2016年8月29日発行、240頁、1,300円)

プリンス (KAWADE夢ムック 文藝別冊)

 

 

【CONTENTS】

 論考

プリンス入門:本根誠

プリンスへの旅のはじまり:湯浅学

ウェンディ&リサから見たザ・レヴォリューション:坂本麻里子

ヒップホップ誕生を契機としたブラックミュージック史におけるプリンスの輪廻転生:磯部涼

三度目の邂逅:泉智

Gotham・Gothic・Groove:吉田雅史

ラテンのプリンス〜ベト・マルティーネスの証言より:宮田信

プリンスとマイルス:原雅明

プリンスとフレンチタッチの余白に:陣野俊史

生の手ざわりを歌った男:新田啓子

着ることと自己のテクノロジー:五野井郁夫

王子と神さま:三田格

 

わたしが選ぶプリンスの一枚:ECD曽我部恵一甲田益也子坂本慎太郎中原昌也

 

対談・鼎談

直枝政広×大谷能生

平井玄×三田格×松村正人

 

コラム・エッセイ

プリンス、か弱き男:湯山玲子

YouTube上の貴公子:高橋勇人

プリンスとそのミューズたち:坂本麻里子

未発表曲から選ぶ、プリンスこの5曲:DJヨーグルト

プリンスのホロスコープ鑑定:フェミニャン

あたまとからだなかでおこっていること(プリンスのなかで):小沼純一

プリンスと巨大な人:根本敬

前衛のプリンスたち:山崎晴美

 

ディスコグラフィ 1978→2015:近藤康太郎、南波一海、南部真里、二木信、三田格安田謙一、DJヨーグルト

 

★BOWIE★

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① CROSSBEAT Special Edition 増補改訂版 "DAVID BOWIE"

(2016年2月8日発行、216頁、1800円)

【追悼緊急出版】CROSSBEAT Special Edition 増補改訂版 デヴィッド・ボウイ (シンコー・ミュージックMOOK)

 

【CONTENTS】 
◎追悼デヴィッド・ボウイ
2016年1月10日、デヴィッド・ボウイ逝去: 広瀬融
アーティストから寄せられた追悼のコメント:飯村淳子

 

インタビューで解いてくれた「音楽の真理」:大谷英之

お見事—ボウイが見せてくれた崇高な別世界:大久達郎

担当者が垣間見た、貴重なボウイの素顔:小沢暁子

デヴィッド・ボウイから受け取った最大のもの:小野島大

僕が初めて喋った外国人はボウイだった:久保憲司

『ラビリンス』の魔王姿にひとめ惚れ:栗原類

ジギー・スターダストは本当に実在した:沢田太陽

不安や怖れと向き合うことで描き続けた希望:新谷洋子

70年代の担当者が明かしたジギーの舞台裏:高橋明

「僕はスター」と主張して記者会見に2時間遅刻:東郷かおる子

騙されたと思った、最初のボウイ体験:長谷川町蔵

大人にはきこえない特別なメッセージ:広瀬融

オーラと華、色気がある本物のロック・スター:保科好宏

"父親"がいなくなった日:美馬亜貴子

どこにも定住しない美学を貫いた一生:山本昭彦

自信作「★」に込められた真のメッセージ:吉村栄一

 


デヴィッド・ボウイ、最期の日々:ダニー・マッキャスリンインタビュー:マイケル・ボナー
ニュー・アルバム「★」徹底解剖:小田島久恵、佐藤英輔、美馬亜貴子

最新のジャズも「デヴィッド・ボウイの音楽」に:村井康司

最後の舞台作品『ラザルス』、逝去直後のNY公演をレポート:広瀬融

 

(以上が増補された部分。以下は2013年発行分と同じ)


Part 1 HISTORY
生い立ちから現在まで――激動の50年を追いかけた完全ヒストリー

1947-1972:ロック史上最大のアイコン、ジギー・スターダストの誕生:広瀬融
73年2月のデヴィッド・ボウイ初インタビュー:吉成伸幸
1972-1980:劇的な変化でロック界最高の創造性が爆発:広瀬融
名作を立て続けに生み続けた78年のインタビュー:東郷かおる子
1980-1992:史上最大のヒット、商業的成功を謳歌した80年代:広瀬融
「レッツ・ダンス」『戦場メリ』を語った83年のインタビュー:林洋子
1993-2013:迷路を脱した復活劇から新作発表までの動向を追う:広瀬融

『ザ・ネクスト・デイ』合評:広瀬融、美馬亜貴子、吉村栄一

『ザ・ネクスト・デイ』の制作舞台裏を公開:大久達郎
70年代黄金期を総括した03年のインタビュー:大谷英之

Part 2 DISCOGRAPHY
アルバム/映像/本などボウイの全てをまとめたディスコグラフィ:大久達郎、小野島大、沢田太陽、広瀬融、吉村栄一

Part 3 LIVE IN JAPAN
通算7回目の来日公演全記録、体験者による回顧録でその神髄に肉迫

伝説の初来日を<ライヴ・レポート+記者会見+ドキュメント>で検証
73年/78年/83年/90年/92年/96年/04年のライブ詳報+80年と04年の来日記者会見を再録:保科好宏、吉成伸幸、広瀬融、吉村栄一、大久達郎、

25年で17公演――海外ライヴ追っかけ観覧記:広瀬融

Part 4 SOUND+VISION
デヴィッド・ボウイはいったい何が凄かったのか?:広瀬融
長くて深い、ボウイと日本との関係:吉村栄一

気さくでミーハーな音楽ファンとしての横顔:美馬亜貴子
"ミュージシャン"としてのボウイを再考:大久達郎

影響力随一!セールスを越えたその功績:美馬亜貴子


Part 5 WHO'S WHO
デヴィッド・ボウイに関わってきた人たちを年代別に総覧:大久達郎

 

② レコード・コレクターズ増刊 デイヴィッド・ボウイ・アンソロジー

(2016年3月14日発行、249頁、1500円)

レコード・コレクターズ増刊 デイヴィッド・ボウイ・アンソロジー

 

【CONTENTS】 

『ジギー・スターダスト』関係のレコード(レコード・コレクターズ2002年8月号)

 

デイヴィッド・ボウイ 1967‐1990(レコード・コレクターズ1990年4月号)

“サウンド&ヴィジョン”に浮かぶ孤独な英雄(サエキけんぞう

オリジナル・アルバム・ガイド

67~72年(植村和紀)

72~74年(北中正和

74~76年(小野島大

77~78年(大鷹俊一

79年~(立川芳雄)

編集盤、オリジナル・アルバム未収録曲(吉村栄一)

David Bowie's British Singles(吉村栄一)

演技者としても個性を発揮する映像作品(大鷹俊一

ボウイを支えたアーティストたち(赤岩和美)

プロデュース/参加レコード(吉村栄一)

華麗に変化し続けたツアー(吉村栄一)

 

ジギー・スターダスト(レコード・コレクターズ2002年8月号)

73年までの歩みを振り返る(小野島大

ボウイが提供した虚無感漂うSF的世界(立川芳雄)

ジャケットの細部にも込められたSF的意匠(山崎智之

ジギーのモデルとなった二人の異端ロッカー(白谷潔弘)

“グラム”を決定づけたハード・ロック的要素の導入(和久井光司

興奮、そして衝撃のステージを捉えた映像作品(赤岩和美)

発売30周年アニヴァーサリー・エディション全曲ガイド(大鷹俊一岡村詩野サエキけんぞう松山晋也安田謙一湯浅学

シングル収録曲からライヴまでレア音源を完全整理(吉村栄一)

リリース・ヒストリー(吉村栄一)

ディスコグラフィー

オリジナル・アルバム(保科好宏)

編集アルバム選(赤岩和美)

新作『ヒーザン』を聞く(大鷹俊一

ミック・ロンソン/スパイダーズ・フロム・マーズ山崎智之

ロンソン/スパイダーズ関連アルバム・ガイド(鳥井賀句)

 

ザ・ネクスト・デイとベルリン三部作(レコード・コレクターズ2013年4月号)

さらに先に進んだエネルギッシュな新作(小野島大

[対談]『ザ・ネクスト・デイ』と『ロウ』『ヒーローズ』(サエキけんぞう×杉原徹彦)

“ベルリン三部作”をより深く味わうための20枚(サエキけんぞう、杉原徹彦)

“ベルリン三部作”アルバム・ガイド(小山哲人)

近作5タイトルがBlu-Spec CD2で登場(立川芳雄)

 

スペシャル・アーティクルズ・フロム・レコード・コレクターズ

グレード・アップされた2組のライヴ盤(2005年6月号)(吉村栄一)

紙ジャケットCDシリーズ17タイトル(2007年4月号)(吉村栄一)

『ヤング・アメリカンズ・スペシャル・エディション』(2007年4月号)(金澤寿和

LPのオビを再現したSHM‐CDが登場(2010年1月号)(立川芳雄)

グラム・ロック期のボウイが影響を与え続ける理由(2012年7月号)(小野島大

[インタヴュー]ケン・スコット(2012年7月号)(吉村栄一)

『ジギー・スターダスト』リイシューCD変遷史(2012年7月号)(吉村栄一)

 

スペシャル・アーティクルズ・フロム・ミュージック・マガジン

ボウイとT・レックスのキッチなサウンド(1972年11月号)(小倉エージ)

魅力いっぱいのステージ(1973年4月号)(亀渕友香

デビッド・ボウイー 地球へのパスポート(1978年10月号)(相倉久人

[対談]シンセサイザーと人間の感性の間(1978年12月号)(坂本龍一×鈴木慶一

[インタヴュー]ジギー・スターダストはロスにウッチャッてきたよ(1979年2月号)(坂本龍一

第3期黄金時代の幕開けか(1983年5月号)(今野雄二

どうだった? 東京のボウイ(1983年12月号)(湯川れい子、貴島理子、今野雄二海野弘、森脇美貴夫)

集大成的ツアーと80年代メディア戦略(1990年7月号)(稲増龍夫

ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ』での変貌(1993年5月号)(安斎明定)

[インタヴュー]『ヒーザン』と“ヒーローズ”、そして“アメリカ”(2002年7月号)(小野島大

[インタヴュー]充実した新作『リアリティ』(2003年10月号)(小野島大

会心の出来の『ザ・ネクスト・デイ』(2013年4月号)(長谷川町蔵

“攻め”の新作『★』(2016年1月号)(大鷹俊一

 

③ ユリイカ2016年4月号 特集=デヴィッド・ボウイ

(2016年3月28日発行、-頁、1300円)

ユリイカ 2016年4月号 特集=デヴィッド・ボウイ

 

【CONTENTS】 
特集*デヴィッド・ボウイ
 
■Can you hear me?──地球管制塔より
“魅惑”する装い / 高橋靖子 山本寛斎
デヴィッド・ボウイのこと / 松山 猛
追悼・デヴィッド・ボウイ / 吉川晃司
Dear, Mr. Stardust / 土屋昌巳
こうしてデヴィッド・ボウイでも持ち出さねば。 / 志磨遼平
ディヴィー・ジョーンズの左眼に捧ぐ / 七尾旅人

■Nothing has Changed
“Time may change me(Bowie)” / 鋤田正義 図版構成=羽良多平吉

■The Stars are never far away
ぼくの 星だった デヴィッド・ボウイのように変わり続けるために / 上條淳士 聞き手・構成=島田一志
★の徴しのもとに デヴィッド・ボウイの「晩年様式(レイトスタイル)」/ 田中 純
ただ、ニュースを伝える / 北村紗衣

■The Man Who...
「ボウイが俺を復活させてくれたんだ」 / イギー・ポップ 訳=松井領明
デヴィッド・ボウイは決して誰の真似もしなかった」 / ミック・ロック 訳=松井領明
デヴィッド・ボウイに、長靴をはいた猫を演じてもらおうとしたんだ」 / リンゼイ・ケンプ 訳=松井領明

■Blackstar is Here
華麗なる意匠とその“魂” / 湯川れい子
ジャンルを超えて紡いだ音楽 デヴィッド・ボウイ×マリア・シュナイダー / 挾間美帆
生成変化するエレクトロニックミュージック 『★』と新世代ジャズ、生演奏の革新 / 柳樂光隆
星条旗の(黒い(ブラックスター))星のもとに デヴィッド・ボウイと「アメリカ」 / 高村峰生

■Saying No but meaning Yes
クイアな迷宮 / 北丸雄二
ジギー・オルタナティヴ 英国における受容と寛容 / 入江敦彦
ボウイの憧憬と諦念に魅せられて / 岸野雄一
起承転々の物語 何度目かのデヴィッド・ボウイの「葬送 / 円堂都司昭
新しい都市での新しい仕事 「ベルリン三部作」を中心に / 畠中 実
緩慢な笑み / 石黒隆之
人々は黄金に変わる 詳説 デヴィッド・ボウイのアルケミー / 中野利樹(TOSH NAKANO)

■Sound And Vision──イメージの煌めき
困難を経て〈★〉へ! 終わりなきフィクションの時間を駆け抜けたデヴィッド・ボウイ / 上原輝樹
境界を駆け抜けた美しき傾奇者(かぶきもの) beyond the life and/or death, beyond the gender / 藤原えりみ
この人を見よ デヴィッド・ボウイと〈クール〉の極意 / 清水知子
ピーター・ピンクコートの時代 日本の少女マンガにボウイが遺したもの / 三浦沙良
機械の上手な操縦法 / 青野賢一

■変容の軌跡、あるいはその星座
デヴィッド・ボウイ ディスコグラフィー 一九六七─二〇一六 / 吉村栄一

 

④ 文藝別冊 KAWADE夢ムック デヴィッド・ボウイ

(★2013年5月23日発行、224頁、1200円)

デヴィッド・ボウイ (文藝別冊/KAWADE夢ムック)

【CONTENTS】 

「翌日は、沈黙の白さに登場する--デヴィッド・ボウイに寄せて」河添剛
デヴィッド・ボウイ語録  編=ユリシーズ

大回顧展「David Bowie Is」リポート「死体は窓から投げ捨てよ --ヴィクトリア&アルバート美術館におけるデヴィッド・ボウイ展」熊谷朋哉
「ペルソナを纏った男の上昇と下降、そして帰還 --David Bowie: Biography」赤岩和美
「回想するミック・ロック --ジギー・スターダストと写真家」河添剛(構成)

 

Talk Cross(談=ユリシーズ(河添剛×平治))
「ロック・ミュージックの可能性に向けて --デヴィッド・ボウイの世界を聴く/読む」
「ロック・ミュージックの廃墟をめぐって」

ULYSSES/創作
ジル・ドゥルーズとアラン・ロブ=グリエ、デヴィッド・ボウイを語る
「逃走の線に魅せられた欲望の解放者」(鈴木泉/訳・構成)

Essay
栗原類 「彼について僕が知っている二、三の事柄」
石毛栄典 「永遠なる少年ボーイ」
カズコ・ホーキ 「デビッド“ぱっぱか" ボーイについて」
林 拓 「オッド・アイ喜劇 David Bowie and Folk Music」
花本彰(新●月)「僕たちは、どこに行くのだろう? David Bowie and Progressive Rock」
佐藤薫 「名声と殿堂の熱きゴシップ David Bowie and Black Music」
阿木譲デヴィッド・ボウイ『ゴドー(GOD)を待ちながら』」
鈴木創士 「古代様式 デヴィッド・ボウイ
髙洲宏志 「内面におけるもう一つの劇 --ボウイの70年代」
江川隆男 「落下し続ける〈星屑(スターダスト)ー 強度(ジギー)〉」
巻上公一 「空白を表現する」
小沼純一 「シンクロナイズ=シンフォニー --ボウイ、イーノ、グラス……三十年後の偶然と変容」
樋口泰人 「不死の時間とともに --映画の中のデヴィッド・ボウイ
河添剛 「『地球に落ちて来た男』の幻想」
佐久間達也 「10 Years,What A Surprise! --鋤田正義 写真集『Speed of Life』制作ノート」
小塚類子 「You're not alone !」
松井清 「ZIGGY STARDUST Costum Design 1972-1974」
松永啓之 「衝撃のフンドシ一丁」

Interview
高橋靖子(聞き手=河添剛)
「私はボウイとずっとお友達のままなの それがとっても嬉しいんです」

Bowie's Astral Atlas/Notes for Bowie's Astral Atlas(石川真一)

 

ボウイ曼荼羅 --ボウイとともに、ボウイによって、ボウイの中から拡がる200枚のアルバム

(ユリシーズ大貫憲章、小川真一、河添剛、鈴木泉、平 治、福島恵一、松山晋也)

ディスコグラフィ大貫憲章、平治、河添剛、古川博一、福島恵一、熊谷朋哉)
ビブリオグラフィ(熊谷朋哉)