bowie note

David Bowieをキーワードにあれこれたどってみるノート。

Nothing will keep us together

Heroes」が使われた青春映画、ということで、公開時に見逃していた『ウォールフラワー』をDVDで見ました。

 

『ウォールフラワー(The Perks of Being a Wallflower)』(2012)

原作・脚本・監督:スティーブ・チョボスキー


映画『ウォールフラワー』予告編 - YouTube

 

登場人物は主に次の3人。

主人公チャーリーは文学好きの高校生。クラスでは目立たず、トラウマを抱えており友達がいない。

同じ高校のパトリックは誰にでも陽気に接する人気者。が、裏では同性との恋の悩みが。

パトリックの義理の妹サムは所謂「だめんズうぉーかー」。

 

チャーリーはパトリックとサムという義兄妹と知り合う。出会ってまもない夜、3人がドライブしていると、たまたまステレオからある曲が流れる。

それを聞き、「完璧な曲が!」と興奮するサム。

サムはトンネルの中、大音量でその曲を浴びながら「飛行」する。

その様子にチャーリーは「インフィニティ」を感じる。


The Perks of Being a Wallflower - Tunnel Scene - To ...

 

ただし3人ともそれが誰の何という曲なのかは知らない。

 

映画の中には他にも色々と音楽が流れてくる。(個人的にはサムが誰かのことを「音楽のセンスが良い」って誉めるのがどうも苦手だった)

彼らはとくに「The Smith」が好きで、部屋やロッカーにはモリッシーのポスターをべたべた。

チャーリーが好き過ぎてサムへの編集テープに2回入れたのは「Asleep」。


The Smiths - Asleep - YouTube

 

(スミスで意気投合とは『(500)日のサマー』と同じ!あちらは「There Is A Light Never Goes Out」だったけれど)

 

そして映画のクライマックス。

例の「トンネル・ソング」の正体が分かった、とサムが再びドライブに誘う。

そしてトンネルへさしかかると、その曲をかける。

今度はチャーリーが立ち上がり、飛翔。

車がトンネル内を走っているとき、彼らが聞いているはずの「トンネル・ソング」を我々観客はまだ聞かせてもらえない。

そしてトンネルを「抜ける」と、突然ぐわ〜っとスクリーンのこちらにまで流れ出てくるのは…あの曲。そうDavid Bowieの「Heroes」!!!

「トンネル・ソング」は「トンネルを抜け出た」歌になった。


The Perks of Being a Wallflower - Charlies Last ...

 

映画自体は色々不満もあったのだけれど、この「Heroes」だけでもう帳消しにしてしまおう…。

この映画の監督は原作者でもあり、小説の段階では様々な歌、歌手、バンド名を出しているにもかかわらず、敢えて一番重要な「トンネル・ソング」の名前は伏せたままだった。しかし映画にする際、「カタルシス」を生み出すためにこの曲の正体を明かしたそう。(映画でも具体的な曲名などは出ない)

 

さてこの映画にこの曲、というマッチングの何が凄いかというと、歌詞とばっちり関連しているところ。

この歌には映画にとって重要なキーワード、「Wall」と「Nothing」が出てくる。

チャーリーは自分のことを「誰にも気付かれない存在」=「Wallflower」と思っており、一方パトリックは冗談で自分の名字を「Nothing」と名乗り、クラスメイトたちからもそう呼ばれている。

そして3人ともなぜか自分を大事にしない相手を「好き」になってしまう。

なぜだろうか、とチャーリーが尋ねると、サムは「それが自分にふさわしいと思うからだ」と答える。

自分をWallflowerやNothingと見なすという防御方法では人は決して救われない、というメッセージが託されているようでした。

 

というわけで改めて「"Heroes"」の歌詞を読み、聞き返してみると、ほんとまったくそうそう単純に消化できないものだ、と再確認したので、とりあえず今回はこの映画に関連させて読んでみることに。

 

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“ヒーローズ”

(元の詩はこちら→ 拙訳です)

 

僕は、

僕は王になるのだ

そして君は、

君は女王になる

何も(Nothing) 彼らを追い払いはしないけれど、*1

僕たちは彼らに打ち勝つことができる

たった一日だけなら

僕たちはヒーローになれる

たった一日だけなら

 

君は、

君は卑しくもなれる

そして僕は、

僕はずっと酒を飲んだくれていたっていい

だって僕たちは恋をしているんだから

それが事実さ

そう、ぼくたちは恋人同士

そうだろ

 

何も(Nothing)

僕たちを一つに結びつけようとはしてくれないけれど *2

僕たちだって時間を掠め取ることができるだろう

たった一日だけなら

僕たちはヒーローになれる

永久に

どうかな

 

僕は、

僕は泳げたらなあ、

イルカみたいに

イルカみたいに泳げたらな

何も(Nothing)

何も(Nothing)僕たちを一つに結びつけようとはしてくれないけれど

僕たちは彼らに打ち勝つことができる

永遠に

そう、僕たちはヒーローになれる

たった一日だけなら

 

僕は、

僕は王になるのだ

そして君は、

君は女王になる

何も(Nothing) 彼らを追い払いはしないけれど、

僕たちは彼らに打ち勝つことができる

たった一日だけなら

僕たちは僕たちにになれる 

たった一日だけなら

 

僕は、

僕は思い出す

壁の側に

立っていると

銃が

僕たちの頭上を撃ち抜いた。

しかし僕たちはキスをしていた。

何も(Nothing)銃弾に倒れるなんてことはないかのように。*3

恥じらいなど

彼岸の問題だった。

僕たちは彼らに打ち勝つことができる

たった一日だけなら

僕たちはヒーローになれる

たった一日だけなら

 

僕たちはヒーローになれる

僕たちはヒーローになれる

僕たちはヒーローになれる

たった一日だけなら

僕たちはヒーローになれる

僕たちは何者でもない(Nothing)*4

そして何者も(Nothing)僕たちを助けてはくれない *5

僕たちは横たわることになるかもしれない

ならば君はここに留まらない方がいいけれど、

もしかすると無事でいられるかもしれない

たった一日だけなら

 

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この曲の誕生秘話については、当初語られていた内容、そして実際はそうではなかったというBowie自身の訂正もろとも大変面白かった(参照:『デヴィッド・ボウイ詩集〜スピード・オヴ・ライフ』古川貴之 訳、2002年、シンコーミュージック、284頁)。

ともかくベルリンの壁近くの「ハンザスタジオ」でレコーディングされていた、ということがこの歌詞の光景に大きく影響しており、ベルリンの壁の側で逢い引きする男女が、「彼ら」(誰とは特定されないけれど)を追い払う英雄として「自由」を獲得することを夢見ている光景だと解するのが素直な読み。

もちろんそういう文脈は抜かして「自分もヒーローになれる」という歌詞を強調して聞いたって構わないわけで、ロンドン・オリンピックの開会式でイギリス選手団の入場BGMに延々流される、というような使い方だってできる。

他にもタイトルがわざわざ「かっこつき」なことや、たった一日なら、という時間の制限に拘るなら、ヒーローなどには1日以上なってはならない、など、色々読みの可能性はあるけれど、今回は映画と絡めて「Nothing」に注目。

 

カフカの短編に「Niemand(英語でいうとno one、あるいはno budy)」という語が、一人の登場人物として登場するものがあり、それに習って、この「Nothing」を一人の人格、「パトリック」のような自分を尊重しない人間と見なすと、

 

*1「Nothingが彼らを追い払う」

*2「Nothingが僕たちを一緒にいさせてくれる」

*3「Nothingが銃弾に倒れるかのように」

*4「僕たちはNothingなのだ」

*5「そしてNothingが僕たちを助けてくれる」

 

と、全て否定の意味がひっくり返り、価値のなかった何者でもないものが、非常に能動的な友人に転換。そう、きっと彼らがなるべきものは「ヒーロー」というよりもむしろ「僕たち自身」。

もちろんこれは映画と絡めての読みだけど、『LIFE』でも「Space Oddity」が非常にポジティブな意味の歌に聞こえてきたように、刹那の恋人の歌がここではインフィニティの友人たちの歌に聞こえてくる。

 

 


David Bowie - Heroes - YouTube