bowie note

David Bowieをキーワードにあれこれたどってみるノート。

I will be King

9月の大阪文学フリマに参加していた岩井さんのBowie論集大成を入手。

当日は用があって私は行けなかったのですが、大人気だったようで何より。

 

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とにかく情報量が異常。私のボウイ道などまだ3年未満なので、まったく比較にならない量の文献を背景に「考察」が進みます。

一つ一つを確認してては全然読み終わらないので、とりあえずストレートに読了。「愚者」「天使」「都市」という3つの評論があり、その中でも「愚者」はおそらくご本人も一番思い入れのあるキーワードなんじゃないかと思われ、大変痛快な書き方で始まっていました。

 

「七十七年の『ヒーローズ』は道化が歌ったものであり、00年代以降のステージで偽らざる真の王によって歌われたそれとは、まったく別物である。」

  (『デヴィッド・ボウイ集成 Ⅰ 愚者/フール(作品)編:黒本』岩井卓巳著、紐育春秋刊、2016、18頁)

 

わ。

なるほど。

私、これまで「Heroes」の歌詞について全然ピンと来てなかったけど、この一文だけでもすでに幾つもの点がつながりました。

 

この曲には「They」という、何とも日本語にはしにくい、あるいはしないほうが良いものが「We」に敵対して出てくるのですが、何も(Nothing)そいつらを「beat」し、「drive away」することができなくても、それはすなわち正攻法で勝てなくても、という意味だと思われるのですが、一日だけなら"King&QueenHeroes" になれる、ということ。

「けど誰が?」というBowie本人の問いに、岩井さんは「愚者(フール)」、あるいは「道化」という答えを出します。

 *ここでも紹介されている山口昌男らの道化論はもう40年以上前の論考ですが、いま読んでも面白いし、むしろ今こそ、という気もする。

つまり、中世の宮廷に仕える道化たちは、「カーニヴァル」の日にだけ、王冠を戴き、祭りが終わるとそれは奪われ、日常に追われる。

 

では、どうして道化は「やつら」に勝てるのか。

岩井氏は吉本隆明親鸞論をひいて、「愚者」と「知者」という対比を提示して締めくくっておりますが、浅学にして吉本未読の私は、ベンヤミンカフカ論にて論じられた、メルヘンの力のことを思い出しました。

オデュッセウスとセイレーンについて書かれたカフカの物語は、「不充分な、いや幼稚な手段ですら、救助に役立つことがある」(『ベンヤミン・コレクション 2 エッセイの思想』ヴァルター・ベンヤミン著、三宅晶子他訳、ちくま学芸文庫、1996年、121頁)という書き出し。これをベンヤミンは、神話の暴力にメルヘンが勝つ例としして挙げます。また『城』の助手たちやサンチョ・パンサといった「愚か者」たちにのみ、生き延びる可能性があることを示します。

この愚か者、道化が生き延びる、という方法を感動的な作品にしたのが、1998年の『ライフ・イズ・ビューティフル』という映画。パンフレットの解説で越智道雄氏も書いているように、収容所で息子を生き延びさせるために行った「遊び」は、ユダヤ道化「シュレミール」の仕掛けたカウンターゲームでした。注意しなくてはならないのは、ここで生き残るのは、道化を演じた主人公ではなく、それを信じた本物の愚者である息子のみ。道化の一種「贋王」としてふるまった主人公にとっての「英雄」の時間は「Just One Day」、と、終わりが訪れます。

(未読ゆえ推測ですが、吉本氏の「知者」というのはこの主人公の方なのかな、と想像)

ライフ・イズ・ビューティフル』では親子の愛だったものが、「Heroes」では恋人への愛になっており、「I」は、「You」をQueenだと言ったり、イルカのように泳げるよう願ったり、サバイバルを願う。あの息子のように自分が愚者であることに気付かなければ、彼女は生き延びるかもしれないし、あるいは歌詞の通り、「Maybe We're lying, then you better not stay. But we could be safer, just one day」と、無事であるのかもしれない。道化であることは、生きるための、愛する者を生かすための切実な手段であるのではないでしょうか。

 ★余談:"Heroes"で眠る赤子。彼女こそBowieという道化によるサバイバル術を享受する存在なのかも。

 

Bowieという人自身は、本物の愚者ではなく、意識して道化を演じた人。岩井本の別項では「エレファントマン」というグロテスクな人物をBowieが演じたことが詳しく述べられておりとても興味深かった。

Just one day、それが最も重要なのだと思う。

 

 

ところでBowieがなくなった後、数々のミュージシャンがBowieの曲を演奏することで哀悼、あるいは愛情を示しましたが、この「Heroes」を演奏したのが、かのPrinceだったとは意外、選曲として意外でした。(自分の「Dolphine」という曲と繋げてるので、単なる連想だったのかもしれないけど)

 

Prince covers David Bowie's Heroes

 

BowieとPrinceのことしか考えてないといっても過言ではない2016年。

2人を比較すると「違い」ばかりが出てきて面白いのですが、Bowieが意識して道化を演じ、そしてその道化が王を演じ、という存在だったのに対して、生まれながらに「王子」という名を与えられたPrinceは、決して「王」にはならない「王子」として、それを演じるのではなく、それそのものになることを(名付けという原因によって免責しつつ)、自ら選び、目指し、そして実現し、最後までそうあり続けた人でした。

ある意味本物の「愚者」であるその佇まいは、どんな時も気高かった。

 

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長年ハイヒールとダンスなどで酷使してきた腰痛の鎮静剤によって亡くなったPrinceは、80年代から杖を持ち歩いていたけれど、それは腰痛をいたわるなどという平民の使用法ではなく、王子の携帯品である笏だった。

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幼少期から学校で背が小さいことをからかわれようとも、頭もよく運動神経もよく、さらには音楽への比類なき才能と情熱と愛に溢れたPrinceは、自分が道化の役回りをすることなど、一切考えてなかったのではないかと思う。小さな町の中でなら、彼は正攻法で勝ってこれたのだから。

問題は小さな町から全米、全世界へ出た時。

レコードが話題になり、Prince本人を待ち望む人々の前に彼が初めて姿を現した時、人々は、彼の背が低いことに「驚いた」。そしてその反応にPrince自身も驚いてしまった。

 

 「ライブやテレビでの演奏の実績がなく、スタジオの天才という評判が実際の本人の姿に先んじてしまっていた。笑いものになる危険性は常にあった。(…)彼がごまかしやショー・ビジネスの特殊な力に守られたりせずして公衆の面前に姿をみせると、見劣りするという致命的な欠点が容赦なく露呈してしまった。口の悪い連中が彼を見ると、寸足らずそのものではないか。『それは彼にとって初めての大事件だった』とペペは言う。『彼はすっかりおじけづいてしまったんだ。これが一体どういうことなのかさえわかってなかったよ』。

見世物興行は続く。」

(『プリンス A POP LIFE』デイヴ・ヒル著、野辺山静、沼崎敦子訳、CBSソニー出版、1990年、74〜75頁)

 

デビューしてだんだん過激になっていったPrinceの、「ヘンタイ」と評されても誰も反論できない露出過多の衣装から、様々な奇抜な変遷を経て、3つ目のサングラスにアフロという最後の出で立ちまで、それは道化の衣装ではなく、インパクトという名の「威嚇」だったのだろう。ステージを降りてもPrinceは常にPrinceな衣装と化粧だったらしい。

For ever and ever。

 

 


David Bowie - "Heroes" - Live on Dutch TV - 1977 - Remastered